第四話:神の嫁取り
「……なんと勿体ないことを」
一連の出来事を見ていた桜花家の当主、優一がため息をつきながら告げる。
「家から一歩も出られぬ娘に、神の力をお分けになるとは。どうせなら、青葉に下さればよろしいのに」
「……何の話だ」
宵闇は、眉をひそめて言葉を返した。
「力を分けたのではない。眠っていた本人の力を、起こしたのだ。まさか、本家の娘に才能が無いなどという馬鹿な話を、本気で信じていたのではなかろうな」
淡々と伝えられる言葉に、父母は面食らったようだった。その様子をボンヤリと見つめていた琴葉は、苦々しげにしている青葉と目が合って首を傾げた。
「……あの、青葉……これは、どういうことなの?」
「知らないわ」
妹が、姉に向かって吐き捨てる。
「お姉様が宵闇様の婚約者になるなんてあり得ない。調子に乗らないでね、お姉様。どうせ家からは出られないのだから」
「……家」
呟いて、琴葉は体を縮こまらせる。社には及ばずとも、本家も暁明の神域だ。そこに満ちる神の意志を、彼女はいつの間にか、感じ取れるようになっていた。
(怒って、いらっしゃる……。暁明様が)
肌に張り付く緊張感に、女が青い顔をする。それを見て、宵闇はフッと笑った。
「アキ。彼女が1番怖がっているぞ。俺もそうだが、お前も大概舐められたものだな。……このまま、琴葉を家に留めておく気か? 桜花の家に閉じ込めるだけでは、この魂もいずれ曇るぞ」
彼の言葉に大気が揺れる。廊下から見える庭の隅に、一瞬だけ。金色の髪の人が見えたような気がして、琴葉は瞬きをした。人影は、黄金色の毛並みを持つ狐になって、2人の足元に近寄ってくる。
「僕も行く。それが、この子を渡す条件だ」
「え……?」
狐が話す言葉は、その場の全員に聞こえていた。青葉が絶句する。それは間違いなく、神の言葉だったから。
「……何故。お待ちください、暁明様……」
母親が床にへたり込んで、狐に泣きながら縋りつく。狐は彼女に、冷ややかな眼差しを向けた。
「これは僕の本体じゃない。桜花の巫女として勤めているのに、そんなことも分からないの? ……まあいいや。僕は今までと同じように、琴ちゃんを守るだけだ」
狐が宵闇の足を伝い、その肩に乗る。彼は横目でそれを見てから、琴葉の体を抱え上げた。その足元に風が渦巻き、2人は空へと浮き上がる。
「ではな、人間。俺に会いたくば、今まで通り。橘花の屋敷に来るが良い」
結界は2人を拒まない。生まれて初めて、琴葉は屋敷を外から見た。それも、見下ろすような形で。そのことに、彼女はただ感動し、瞳を輝かせる。




