第三四話:神の思惑
(……宵闇様)
男の内側で、少年が声を上げる。彼はため息と共に返した。
「……言葉を直接脳に伝えただけで、いちいち騒ぐな」
(ですが。それで琴葉さんに負担をかけるのは、いかがなものかと……)
「彼女は巫女だ。神気を身の内に宿すのは当然のこと。……それとも、過去のことを思い出したか? 安心しろ、玲哉。俺たちは卜葉とは違う」
(……そうではありません。僕は……)
母の名を出されて、少年が揺らぐ。それでも彼は、反論しようとして口を開いた。だが。
「黙っていろと言っただろう。琴葉はいずれ、俺と暁明が連れていく。これはそのための準備だ。俺達は、もう決めた。お前の話は聞き入れん」
玲哉が何かを言う前に、宵闇は切り捨てるような口調で言う。その言葉の意味を、少年は正しく理解した。
(……彼女を、神域に……? そんな。それでは琴葉さんは、人の枠から外れてしまう……)
男の精神、その片隅で。彼は呆然と呟き、自分の目を通して女を見つめる。
(……嫌。イヤです。この人の意志を無視して、そのような……)
宵闇はもう1度、深いため息をついた。あまりにも小さな、人間の魂。その奥底にある願いは、彼には筒抜けだったので。
「彼女の意志だと? 綺麗事で誤魔化すな。俺にはお前の本音が分かる。玲哉。お前はただ、琴葉と離れたくないだけだろう」
図星を突かれて、少年が黙る。神はそれを見て笑った。
「安心しろ。1人も2人も、然程変わらん。なあ、アキ」
「……そうだね。その子なら、一緒に連れていってあげてもいい。1人で琴ちゃんを見送るか、共に人ではなくなるか。自分で選んで。……大丈夫。今は琴ちゃんも楽しそうだし、もう少しだけ猶予をあげるよ」
琴葉を抱えて立ち上がる宵闇の隣に並びながら、狐が告げる。玲哉は目線を彷徨わせた。
(その、どちらかを……。選ぶのは、いつまでに?)
「無論。琴葉が満足するまでだ」
抱き上げた女を見下ろして、男が笑みを深める。
「巫女としての仕事と、人間としての楽しみ。どちらも味わうことのないままでは、未練が残る。それは俺たちとしても避けたいからな。やり残したことが無いと、心から思えるまで。側にいてやる」
アッサリと告げられた言葉に、少年は目を丸くする。それは。
(……まさか。場合によっては、死ぬまで付き合ってくださるということですか)
「ああ、構わんぞ。肉体が滅びても、魂が残ればそれでいい」
(……それでは、本当に。僕の覚悟次第では)
「初めからそう言っているだろう、馬鹿者め」
内側にいる玲哉に、笑いながら告げて。宵闇は琴葉を部屋に運び、布団を敷いて彼女を寝かせた。




