第二八話:調査当日(後編)
1時間ほどして、車は現地に到着した。佐藤は3人を下ろした後に、距離を取って待機する。その間に、彼らは病院の周囲を見てまわった。最近廃業したばかりというのもあって、建物自体は真新しい。看板等もそのままで、外観からは、怪奇現象が起きているようには見えなかった。ただし。駐車場の片隅に、隠すように置かれている高級車だけは別だ。その車には、報告にあった赤い手形が、いたる所に付着している。塗装も同じ色で、窓に付いたもの以外は目立っていなかったが。
「ふうん。随分と恨まれたものね」
車を一瞥して、青葉が呟く。彼女は車に手を添えて目を伏せ、滔々と祝詞を唱えた。
「掛けまくも畏き暁の大神。吉備の上道の桜の祇園の龍ノ口山に、禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等。諸々の禍事、罪、穢有らむをば。祓へ給ひ、清め給へと白す事を聞こし食せと、恐み恐み白す」
彼女が触れた場所から、風が吹き抜けるように。周囲が清められていく。車に付いた手形がサラサラと崩れて、琴葉の肩にいる狐が、そちらの方に視線を向けた。
「……どう? これが私の、本当の力よ」
胸を張って宣言する妹に、姉はどう返そうか迷って、結局何も言わなかった。代わりとばかりに、宵闇が口を開く。
「その程度で勝ち誇るな。桜花の巫女を名乗るなら、強制的に祓うのではなく、対話して還せるようになれ」
「……はあ?」
青葉は馬鹿にしたような顔で、琴葉を見る。
「お姉様には、どちらも無理でしょう。そろそろお認めになったらいかが? あなた方が選んだ人は、祓詞すら満足に唱えられない未熟者なのだと」
叩きつけるような口調に、琴葉は両手を強く握った。爪が手の平に食い込んでも気にせず、彼女は青葉の目を見返す。
「……いいえ。私も、できるわ」
そう言って、女は深呼吸をし、目を閉じる。
「掛けまくも畏き暁の大神。甲斐の山梨にて、恨み抱きし子等に助けを。其の耳で訴へを聞き、其の手で救ひを与へ給へ。諸々の禍事、罪、穢背負ひたる。人々を救へと白す事を聞こし食せと、恐み恐み白す」
妹と違って、思考しながら紡がれた祝詞。暁明はそれに、笑って応えた。
「……ああ、いいね。やっぱり君を選んで良かった」
琴葉の足元から、桜の花びらが地面に広がり、敷き詰められていく。やがて、病院が建っている土地の全てを、薄桃色の花が覆った。それと同時に、目の前の建物が大きく揺れる。苦しみ、叫んでいるかのように動き、その後に止まった病院の中から。黒い靄のような物が滲み出て、人の形を取った。




