第二二話:琴葉と玲哉(前編)
次のバス停で、その男性客が降りるのを見届けて。青葉は悔しそうに吐き捨てた。
「……何よ。私のこと、笑ってるの?」
「別に、そんなつもりはなかったけど」
琴葉は正直に答える。けれど妹は、それでは納得しなかった。
「……もういいわ。今日は私の負けだってこと、認めてあげる。でも、いつまでも勝てると思わないでね」
その言葉を残して、彼女はまだ停車したままのバスから駆け下りる。姉が止める間もなく、扉はその後すぐに閉まった。
「……あ」
伸ばしかけた手を止めて、女は動き始めたバスの中で所在なげに立ち尽くす。
「……なんで伝わらないんだろう」
「奴に聞く気がないからだ」
独り言のように溢された言葉に、横にいた宵闇が淡々とした声で話す。
「あの様子では、何を言っても届くまい。アキの言葉も無視したほどだ、無理もないが」
冷たい口調に、琴葉は何か言おうとして口を開く。けれど言葉は、出てこなかった。
「君も同じなんだろう? 橘花の事情も、僕の耳には届いていたよ」
代わりに暁明が言い返す。宵闇は、遠くを見るような目をしていた。
「……そうだな。こちらも大して変わらない」
女は不意に思い出す。宵闇が、玲哉の両親を本家から追い出したと聞いたことを。
「玲哉さんのことですか? 宵闇様を宿すために作られたというお話でしたが……」
「そうだが、詳しい話は本人から聞け。その方が、玲哉にとっても良いだろう」
男の体が、銀色の光に包まれる。その背が縮み、髪と目の色も変化して。瞬きの間に、彼は少年の姿になった。
「……わ、と……」
表に出た少年……玲哉は少しよろけて、琴葉の体に掴まる。そして、彼は小さな声で呟いた。
「……僕は8番目の子供なんです。それも妾の」
車内に次の行き先を示すアナウンスが響き渡る。玲哉は降車ボタンを押しながら、苦い笑みを浮かべた。
「母はどうしても、僕を跡継ぎにしたかったようで。宵闇様を降ろせる巫女として、僕は育てられました。女の子の格好をさせられて。あの方の邪魔にならないように、意思も望みも無くすように言われ続けて……」
バスが停まる。それと同時に、彼はひび割れた声を出した。
「……がっかりさせてしまったら、すみません。僕は本当は、あなたに似合うような男では……」
「そんなことないです!」
琴葉は思わず、大声で叫んだ。周囲にいた人々が振り返る。それを見て、彼女は少し恥ずかしく思いながらも続けた。
「……玲哉さんは素敵な人です。私はそう思っています。だから……」
彼の手を引いて、出口にある階段を下りつつ。女は告げる。
「あなたが自分を信じられないのなら。どうか、私のことだけは信じてください」




