第十九話:視察と姉妹(後編)
「……いいかげんにしたら」
不意に。冷たい言葉が、差し込まれた。声の主は、琴葉の肩に乗る狐だ。彼は冷たい眼差しを青葉に向けて、話を続ける。
「ここは橘花の領域だ。龍脈の操作は誰にでも行える作業だけど、それでも。土地の力に干渉するなら、それは玲哉であるべきだよ。君がしていることは全て、ただの子供の癇癪に過ぎない」
淡々とした、神の言葉。だが、それも彼女には届かない。少女は艶やかに微笑んで、建物の中に入りながら言った。
「……そんなことを仰って。本当は、私に先を越されるのがお嫌なだけなのでしょう? 暁明様は、お姉様のことを贔屓していらっしゃるものね」
その言葉だけを残して、青葉は1人、先に進む。狐はその背を見ながら、深いため息をついた。
「……なんて子だ。我儘だとは思っていたけど、ここまでとは」
その場を緊張が支配する。琴葉は玲哉の腕に抱かれた状態で、両手をギュッと握りしめた。
「……申し訳ありません。私は姉なのに、あの子に何も言えなくて」
「気にするな」
頭上から、温かな言葉が落とされる。彼女は目を見開いて、そろそろと上を見た。いつの間にか、彼の姿は変わっている。背が高くなり、銀色の髪を風に靡かせる神。宵闇は、琴葉の頭を撫でながら告げた。
「あの愚か者とは顔を合わせる気も無かったが……こうも好き勝手に動かれて、放っておくのも寝覚めが悪い。故に、玲哉にはしばらくの間、代わってもらうことにした。……何、土地の龍脈を少し動かされたくらいで気を悪くするほど、俺は狭量ではないつもりだ。どうしても力を示したいというのなら、奴には望み通りに働いてもらうとしよう」
「……っ、あ……ありがとう、ございます」
驚きながら、彼女は何とか声を出す。
「それでは、早く……」
「まあ、落ち着け」
柔らかな笑顔で。神は少女の言葉を遮る。
「お前の足は、まだ震えているだろう。調子が戻るまで、目を閉じて、俺に寄りかかっていればいい。施設の案内はその後だ。あの女の仕事の結果は、終わってからでも確認できる。……お前よりも優先するものなど、俺には無い」
「……そうだね。待たされたら、青葉は騒ぐだろうけど。そんなのは雑音として聞き流せばいいし」
狐が静かな声を出す。琴葉は戸惑いながらも、彼らの言葉に従った。体から力を抜いて、宵闇に身を任せる。
(……情けない。けど、今だけは……)
二柱の神々は、彼女のことを思いやってくれている。それが伝わってきて、女の緊張はゆっくりと解けていった。




