第十七話:視察と姉妹(前編)
「……大丈夫?」
琴葉の肩に乗っていた狐が、心配そうに声をかける。それと同時に、玲哉は2人の間に入って、彼女を庇うように立った。
「先に行きましょう、琴葉さん。歩けないのなら、僕が手を貸します」
「……いいえ、平気です」
2人の声に勇気づけられて、彼女はようやく動けるようになる。
(しっかりしなきゃ。私はもう、役立たずじゃないんだから)
青葉の力は本物だ。けれど、琴葉も。何も出来なかった子供の頃とは違う。
「……池袋駅まで、でしたよね」
スマホを取り出そうとした女の手に、少年が自分の手を重ねて止める。彼は自分のスマホを操作して、画面を見せた。
「僕が払いますよ。あなたの分は」
「……でも、そんな……」
「いいんです。このくらいは、させてください」
身を寄せ合って、話をする。そんな2人を前にして、青葉は音がするほど強く、歯噛みした。
(……何よ。お姉様ばかり……)
あの日、彼女が家から消えてから。父母は毎日、話している。曰く。琴葉を桜花から出すべきではなかった。子供を1人差し出すだけで繁栄が約束されるなら、初めから神託に従えば良かったと。
(馬鹿みたい。お社が空になったわけでもないのに)
そう思いながらも、青葉の心は晴れなかった。琴葉が去ってから、暁明は何も言わなくなった。まるで、もう桜花には何の興味もないと示すかのように。
(……どうして)
2人の後について、改札を潜りながら。彼女は強く、拳を握った。
(必ず、思い知らせてあげるわ。私の方が、あの人よりも有能だって……そして後悔させてあげる。選ぶ相手を、間違えたのだと)
青葉は前を歩く2人に、鋭い視線を向けて誓う。その圧を感じて、琴葉は身を縮めた。玲哉は彼女を支えて歩きながら、囁くような声で言う。
「……申し訳ありません、琴葉さん。咄嗟のこととはいえ、婚約者だなんて言ってしまって」
「……あ。いえ、その……私は別に。むしろ玲哉さんは、良かったのですか? 私が相手で……」
「僕はあなたが良いです」
「……だったら、私も。婚約するなら、あなたがいいです」
青葉に聞こえないように、小声で会話を進める2人。狐は黙って、彼らを見守っていた。玲哉の内にいる宵闇の自慢げな表情が見えて、彼は眉根を寄せる。
(……あいつの手の平の上にいるようで、気に入らないけど。確かに玲哉なら、琴ちゃんを任せられるかもしれないな)
相変わらず、射るような目を向けてきている青葉。彼女のことを気に留めながら、狐は自分の巫女を守るようにピンと背筋を伸ばしていた。




