第十五話:初仕事(中編)
「素敵な考えですね」
並んで顔を洗いながら、琴葉が呟く。
「ということは、今日は都内を回るんですか?」
「そうですね。とはいえ、遊ぶ暇は無いでしょうが」
先に顔を拭いていた玲哉が、未使用のタオルを彼女に渡す。そして彼は目を伏せて、話を続けた。
「……こんな仕事に、宵闇様は出てこないのに。あなたの妹さんは、何を期待しているのでしょうね」
「さ、さあ……」
女はタオルを受け取って複雑な表情を浮かべた。
「青葉は私のことを、ほとんど無視していましたから。あの子の考えなんて、私には……」
「どうせ大したことじゃないよ」
肩に乗った狐が、会話の途中で言葉を差し込む。鋭く切り込むような口調に、2人は体を固くした。
「彼女は僕の巫女になりたがっていたから、それと似たような理由じゃない? 現状に満足できなくて、神の力を得たがっているんだ。人間らしい欲深さだよ」
冷たい声に、琴葉は返す言葉がなくなる。少年は深々と息をついて、苦笑を浮かべた。
「……耳が痛い話ですね」
(お前は振り回された方だろう)
身の内で神の声がする。彼はあえて何も言わず、彼女を連れてその場から移動した。
「……ともかくそういうことですから、何かしたいということであれば、今日のルートを地図上で辿るのが最も良いかと。服は何でも構いませんので、着替えてきていただけますか?」
空き部屋の戸を開けながら、玲哉はそんな言葉を落とす。琴葉は部屋に入って、戸が閉まる音を耳に入れながら、タンスの中から予備の巫女服を選び取った。
「……一応、仕事だものね」
慣れた手付きで着替えてから、彼女は隣の部屋に続く障子に手をかける。ゆっくりと横に滑らせると、そこには既に白衣と同色の袴に着替えた玲哉が座っていた。彼は長机に都の地図を広げて、穏やかな笑みを浮かべている。
「同じですね」
「……本当に」
顔を見合わせて、短い会話を交わす。琴葉はそれだけで、嬉しくなった。彼と向かい合うように座って、地図に目を向けながら。彼女は楽しそうに、言葉を発する。
「橘花の管轄は、西側ですよね。どこまで確認するんですか?」
「僕はひとまず、池袋まで行くつもりです。余裕があれば、王子駅まで回っても良いのですが……それはあなた次第かと」
「私なら大丈夫ですよ。歩くのは苦になりませんし、移動の大半は電車でしょう?」
狐は上から、あれこれと言い合う2人を見守っていた。ただの雑用ではなく、女の心を浮き立たせるような”仕事"を持ってきた少年のことを、心の中で少しだけ見直しながら。




