第十三話:女と守り神
すっかり体も温まり、桧の浴槽から上がった琴葉は、侍女が用意していたタオルを使って体を拭いた。そして彼女は、寝巻きに着替えて廊下に出る。
「やあ、琴ちゃん。楽しめた?」
その目の前に。どこからともなく、狐が姿を見せて笑う。
「はい、暁明様。……あの、宵闇様は……?」
「あいつなら、とっくに部屋に帰っているよ」
彼の前に跪いて、女は片手を差し出す。狐はその手の上に乗りながら、話を続けた。
「会いたいのなら、向かうといい。止めはしないよ。……奴に頼るのは気が進まなかったけど、僕だけでは君を助けられなかった。それも事実だ。今まで、ごめんね」
「……いえ、そんな……」
沈んだ顔をする、彼の体を持ち上げて。琴葉は狐と目を合わせた。
「貴方様が守ってくださっていた。それだけで、私は幸福だったのだと思っています」
「でも、学校には行きたかっただろう?」
「平気ですよ。知識を付けたい時は、書庫にある本を隠れて読んでいましたから」
「ああ、そうだったね。君は向上心もある、素敵な子だ」
「……ありがとうございます」
他愛もない会話を交わしながら、女は狐を連れて自室に入る。そして彼女は、布団を敷きながら言った。
「……あの。眠る前に、どうか教えていただけませんか。一体いつから、私を見ていてくださったのか……」
「初めからだよ」
肩の上から滑り下りて、狐は枕元に座る。
「桜花の家に生まれた子たちの姿は、皆。使いの目を借りて見ていた。晶子と同じ色の魂が、いつ現れるかなんて分からないし。きっと宵闇も、同じ事をしていたんじゃないかな。……赤子の君を、母親が顧みることは無かった。力が無いから、なんて。その程度の理由で、侍女たちに君の世話を任せて……。晶子が大切にしたものは、とっくに失われていたんだ。君も、そう思うだろう?」
琴葉は複雑な顔をする。立ち上がり、部屋の電気を消してから。彼女は布団に入って、狐の方に顔を向けた。
「……それは、でも……お母様は、私を捨てはしませんでした。他人任せでも、きちんと育てて……大きくなるまで、本家に置いてくださったのです。そのことには感謝しなければと……」
言葉を発しながらも、女の瞼は段々と重くなっていく。やがて、寝息しか聞こえなくなった布団の上で。狐は低く、小さな声を出した。
「それは、僕の結界があったからだよ」
家の外に放り出されなかったのも、嫁入りの話が来なかったのも。全ての原因は、彼女が結界を通り抜けられなかったからだ。それが無ければどうなっていたか。想像しただけで、暁明は不快な気持ちになる。
「可愛い、愛しい、僕の琴ちゃん。2度と、あいつらの元には帰さない。……帰してやるもんか。絶対に」
闇の中で発された神の言葉は、誰にも届かずに消えていく。その青い目に、僅かな苛立ちだけを残して。




