第十二話:入浴
「失礼します、宵闇様。お風呂の用意ができました」
食事が終わってから、しばらく後に。居間の扉を開けた侍女は、そう言って頭を下げた。琴葉の頭を撫でていた宵闇が、目線を動かして口を開く。
「琴葉。お前が、先に入れ」
「……はい」
女が頷いて、立ち上がる。肩に乗っていた狐は、黙って床に飛び下りた。
「では、お嬢様。こちらに」
侍女に促されて、彼女は共に廊下に出る。歩きながら、琴葉は横目で侍女を見た。
「……その、ここには……玲哉さんのお父様やお母様は、いらっしゃらないのでしょうか。まだご挨拶ができていなくて……」
「おりませんし、不要です」
足を止めることもなく、女性はキッパリとした口調で返した。
「宵闇様は仰られました。『橘花の本家は俺が貰う』と。そして、『俺は今の神主と巫女を、認めていない。むろん玲哉の生母もだ。そやつらは、本家から出ていけ』とも」
「……そんな」
琴葉は思わず声を上げる。
「あんなに優しい方が、どうして……」
「宵闇様が、お優しい? 気難しいの間違いでしょう」
そう言った後で、侍女は目を伏せながら話を続ける。
「……いいえ、あるいは。貴女様に対しては、常にお優しいのかもしれませんね。貴女は宵闇様の、初めてのお客様ですから」
琴葉は、彼女の言葉に何と返せばいいのか分からなくて、黙ってしまった。それを見て、女性は慌てる。
「……ああ、私達は、別に気にしてはおりませんよ? 神に仕えられるということは、それだけで幸福なことですから。ですので、どうか……宵闇様には、このことは内緒にしてください」
「……それは、はい」
焦りを含んだ声に、女が首を縦に振る。それと同時に、2人は脱衣所に到着した。侍女が部屋の扉を開けて、琴葉が入ったのを見た後に内側から閉める。そして彼女は、扉の側に立って深々とお辞儀した。
「……ありがとうございます、お嬢様。それでは私は、ここで待たせていただきますので……何かあれば、お申し付けを」
その言葉に、琴葉は苦笑を浮かべつつ服を脱ぐ。風呂場に続くガラス戸は、湯煙で白く曇っていた。
(……温かそう)
扉に手をかけて、開く。そして彼女は、白く煙る室内に踏み入った。タイルの床が、薄っすらと見える。
(やっぱり内装は変わらないんだ)
実家にいた頃、浴室の掃除を押し付けられていた事を思い出して。彼女はゆっくりと息を吐く。
(あの頃から、暁明様は私のことを見守ってくださっていたのかな)
考え事をしながら、体を洗って湯に浸かる。全身を巡る熱に、女は緊張が段々と解れていくのを感じた。




