第十一話:夕食(後編)
「……どうか、なさいましたか?」
睨み合う神々を見て、琴葉が不安そうに箸を止める。暁明は、パタリと尻尾を動かした。
「……大丈夫、何でもないよ」
それを見て、宵闇も表情を和らげる。彼は茶碗を持ちながら、穏やかな声音で言った。
「お前にそんな顔をさせてしまうのなら、この話はここで終わりにするか。……なあ、アキ」
「……元はと言えば、君が言い出したことだろう。全く……」
ため息をついて、彼は続ける。
「ごめんね、琴ちゃん。僕たちは、君といつまでも一緒に居たいだけなんだ。僕もショウも、本体は社から離れられない。それで、どうしようかと話していてね。それだけだよ」
「はあ、左様ですか……」
女は相応しい言葉を探して目線を彷徨わせた。やがて。静寂の後に、彼女は小さな声で呟く。
「……でも、私は。今が1番、幸せです」
「――そう」
狐が笑う。その気持ちが、宵闇にはよく分かった。
(やはり多くは望まぬか。そうだろうと思っていたが……)
人の欲には際限がない。それでも、いつか。彼と彼女の子孫ならばと信じて、見守ってきた。そんな彼らにとって、琴葉の存在は奇跡に等しい。故に、何かに……誰かに傷つけられる前に、囲い込みたくなるのは道理だった。
『宵闇様……!』
それと同時に。宵闇の内で、全てを見ていた玲哉が叫ぶ。責めるような彼の声は、神にしか聞こえなかったが、その思いは過たず伝わった。
(騒ぐな、玲哉。……安心しろ。何よりも、琴葉の気持ちが最優先だ。そうでなければ意味がない)
告げる彼の隣で、女は食事を再開する。ゆっくりと食べ進める彼女を、玲哉は意識の奥底から見つめていた。
『……ああ、良かった。琴葉さん、僕は……』
誰からも期待されない立場だったのは、少年も同じ。だからこそ彼は、彼女に対して、強い同族意識を持っていた。
『宵闇様の依代、だけど。それだけじゃない。僕は、自分の意志で。あの人の助けになりたいんだ』
届いた声に。宵闇は目を閉じて、考える。
(玲哉め。大人しく、俺の言うことだけ聞いていればいいものを……)
そう思いつつも、同時に彼は嬉しくなる。流されてばかりだった橘花の子供が、初めて。やりたいことを、見つけられた。それは守り神たる彼にとって、最も尊ぶべき事だったから。
(……仕方がないな。人を見守るのも、神の仕事だ。特に、俺たちにとっては)
目の前で琴葉が箸を置き、手を合わせる。その口元を、ティッシュで拭ってやりながら。宵闇はそんなことを思って、楽しそうに笑っていた。




