第一話:無能な娘
桜花家は、異能の力を持つ家だ。その歴史は、奈良時代から続いている。
「あら。まだそこに居たのね、お姉様」
自分よりも年上の女を見下ろして吐き捨てたのは、そんな桜花家の跡取り娘だ。桜花青葉。彼女は今年で13才という若さでありながら、既に当代を代表する術師となっていた。
「ごめんなさい。……でも私、お父様たちが心配で」
その足元にひれ伏しているのは、彼女の姉の琴葉である。年は22。9つも上だが、この家での力関係は青葉が上で琴葉が下だ。けれどそれも仕方がない。琴葉には、異能の力が無いのだから。
「……ああもう、目障り。さっさとお嫁に行けばいいのに」
嫌がらせのように、床に付いている琴葉の手を踏みつけて。青葉はそう言って去っていく。その足音が聞こえなくなった頃に、琴葉は1人、体を起こして呟いた。
「行けるものなら行きたいわよ、私だって」
彼岸のモノを見ることすら出来ないが、琴葉も一応本家の娘だ。家のために、役に立ちたいとは思っている。だが。
(私は桜花家の敷居を越えることが出来ないんだから、仕方がないじゃない……)
桜花家の周囲には、結界が張られている。本来、生身の人なら通れるはずのその壁に、何故か琴葉は弾かれるのだ。稀代の術師である彼女の両親でも、その原因は特定できず。おかげで琴葉は妹のように、学校に通うこともできなかった。教養だけは桜花家の娘として相応しくあるようにと、厳しく躾けられたのに、それを披露することもない。彼女はそんな自分に、誰よりも悔しさを感じていた。
(お母様とお父様は、今日も遅くなるのかしら)
両親は、琴葉に見切りをつけている。血を残すことも、家のために働くこともできない役立たずとして。今では顔を合わせても、そこに居ない者のように扱われていた。それでも彼女は親のことが好きだったし、妹のことも愛している。血の繋がった、大切な家族。その中でも、両親は神祇省の仕事で忙しく、ここ数日はいつも深夜まで帰らない。
(どうかご無事で)
青葉と違って、琴葉には詳しいことは知らされていない。それでも彼女は、何かせずには居られなかった。故にその日も、変わらずに。桜花家の守り神が祀られている神棚に向かって、女は祈る。
(暁明様。お願いします。今日もお父様とお母様を、無事に家に返してください)
神棚には、小さな狐の石像が飾られている。桜花家の始祖である、晶子の式だった狐の妖。彼は、今は神として晶子の子孫を見守っていると伝えられる。その守り神に向かって、琴葉は手を組んで願い続けた。両親が帰るまで、ずっと。




