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第7球 フィールドを支配する方法

グランが4番のダインから空振り三振を奪った瞬間、アークスのベンチは爆発した。


「うおおおおっ! やったぜグラン!」

「すげえ! あのダインを三振に!」

「見たか、ドワーフの意地を!」


仲間たちの歓声に、マウンド上のグランはぶっきらぼうにグラブを掲げて応える。だが、その口元が満足げに緩んでいるのを、俺は見逃さなかった。

ベンチに戻ってきたグランは、汗を拭いながら俺の前に立つと、ゴツゴツした拳を突き出してきた。


「……どうやら、親方の言う通りだったみてえだな」

「ああ。最高の仕事だったぜ、グラン」


俺も、自分の拳を軽く彼の拳にぶつける。

カツン、と硬い音が響いた。それは、俺たちの間に生まれた、確かな信頼の音だった。


守備で完璧なリズムを作った。

だが、試合はまだ同点だ。ここからが本当の勝負。

俺は攻撃に移る選手たちを集め、黒い笑みを浮かべた。


「さて、ここからは俺たちのターンだ」

俺は、グラウンド全体を指差して言った。

「このだだっ広いフィールドを、完全に支配する方法を教えてやる」


選手たちが、ゴクリと唾を飲むのが分かった。

俺は、一人ひとりの目を見て、新しい指示を与えていく。


「リコ、カイ」

「はい、キャプテン!」

「にゃあに、ソラ?」

「いいか、お前たちの仕事は、ヒットを打つことじゃない。何でもいい、どんな形でもいいから、塁に出ることだけを考えろ。四球でも、内野安打でも、相手のエラーでも構わない。お前たちが塁に出さえすれば、あとはその足が、勝手に点を生み出してくれる」

「つまり、グラウンドを引っ掻き回せってことですね!」

「それは面白そうだニャ……」

小さな切り込み隊長と、神速のトリックスターが、ニヤリと笑う。


「次に、ゼノ、エルマ」

「……何だ」

「はい、キャプテン」

「お前たちには、繋ぎに徹してもらう。相手のゴルダ守備陣は、見ての通り、横の動きが絶望的に鈍い。 徹底的に逆方向を狙え。あるいは、あいつらの足元に転がせ。ゴロで、あいつらの間を抜くことだけを考えろ」

「……ふん。面倒だが、合理的ではあるな」

「私の矢の正確さが、バットでも通用するか、試してみましょう」

皮肉屋のダークエルフと、プライドの高いエルフも、俺の意図を正確に理解したようだ。


そして、俺は最後に、隣でバットをブンブン振り回し、早くも自分の出番を待ちわびている巨漢に声をかけた。

「――バルガス」

「おう! キャプテン! 俺の出番か!? あいつらの度肝を抜く、特大の一発を……」

「まだだ」


俺は、バルガスの言葉を制する。

「ええっ!? なんでだよ!」

「お前は俺たちの『最終兵器』だと言ったはずだ。最終兵器は、最後の最後まで見せびらかすもんじゃない。……だが、見ておけ。俺たちが、お前のためにどうやって最高の『舞台』を作るのかを」


俺の言葉に、バルガスは不満そうに口を尖らせながらも、その瞳には期待の色が浮かんでいた。

よし、これで準備は整った。


「(これが、俺が再定義リビルドした野球だ。パワーだけが野球じゃない。スピード、技術、戦術、そして相手の心理。その全てを使って、フィールドを支配する……!)」


俺はベンチの最前列に座り、静かに戦況を見つめた。


                 ◇


5回表、アークスの攻撃。

この回の先頭バッターは、1番のホビット族、リコ。

相手のドワーフ投手は、先ほどのグランとの力勝負の興奮が冷めやらないのか、まだ力任せのストレートを投げ込んできている。


「(いいぞ、もっと投げろ。お前たちのその単純さが、命取りになる)」


俺はリコに、「待て」のサインを送る。

リコは、その小さな体をさらに小さくかがめ、徹底してボール球を見極めていく。

「ボール!」

「ボール!」

「ストライク!」

「ボール!」


カウントは3ボール、1ストライク。相手投手は、明らかに苛立ち始めていた。

「(次だ、リコ。甘いコースに来るぞ)」

俺がサインを変える前に、リコは俺の方を見て、小さく頷いた。以心伝心。

そして、投じられた5球目。

真ん中高めの、絶好のストレート。だが、リコはバットを振らない。

彼は、そのボールを完璧に見送り、悠々と一塁へ歩き出した。


「フォアボール!」


「よっしゃあ!」

ベンチが沸く。

「ナイス選球眼、リコ!」

「よく見た!」


ヒットを打たずとも、塁に出ることはできる。その事実が、チームに新たな勇気を与えた。

そして、バッターボックスには、ノーアウト・ランナー一塁で、2番のカイが入る。


「(さあ、ショータイムだ)」


俺はカイに、バントのサインを送った。

「えー、バントぉ? めんどくさいニャ……」

カイは口ではそう言いながらも、その瞳は、獲物を前にした猫のように、爛々と輝いていた。

彼は、猫のようなしなやかさでバッターボックスに入ると、バントの構えを見せる。


相手のドワーフ守備陣は、それを見て、慌てて前に突進してきた。

「バントだ! 前に出ろ!」

「絶対に、進塁させるな!」

彼らの頭の中には、「バント=送る」という単純な公式しかない。


だが、俺たちの狙いは違う。

相手投手が投げた瞬間、カイはバットの角度を絶妙に変え、ボールの勢いを完全に殺した。

コン、と小さな音を立てて、ボールは三塁線のギリギリのところを、力なくコロコロと転がっていく。

セーフティバントだ。


「しまった!」

相手の三塁手と投手が、その巨体で我先にとボールに殺到する。だが、彼らの動きはあまりにも鈍重すぎた。

その間に、カイは風のように一塁を駆け抜けていく。

結果は、内野安打。ノーアウト・ランナー一、二塁。


ゴルダの選手たちの顔に、明らかな焦りの色が浮かび始める。

パワーで圧倒するはずだった相手に、自分たちが全く知らない野球で、いいように掻き回されているのだ。


そして、バッターボックスには、3番のダークエルフ、ゼノ。

彼は、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべながら、ゆらりとバットを構えた。


「(頼むぜ、トリックスター)」


俺は、ゼノに「流し打ち」のサインを送る。

相手バッテリーは、小技が続いたことで、今度こそ力で押してくると読んだのだろう。インコースに、速いストレートを投げ込んできた。

だが、ゼノはそれに全く動じない。

彼は、まるで魔法剣で相手の攻撃を受け流すかのように、バットをコンパクトに、そしてしなやかに振り抜いた。

バットの芯で捉えられたボールは、相手の守備シフトの逆を突き、がら空きの三遊間を綺麗に抜けていく。


レフト前ヒット。

二塁ランナーのリコが、俊足を飛ばして三塁を蹴り、ホームへと滑り込んだ。


「セーフ!」


ついに、同点。

そして、なおもノーアウト・ランナー一、二塁。

ここで、ベンチのルーナが、俺に小さなメモを渡してきた。


『ソラさん! 相手の三塁手、逆方向への打球に対する反応が、平均より0.2秒遅れるデータがあります! 今、かなり動揺しているはずです!』


俺はニヤリと笑う。

「ナイスだ、ルーナ!」


打席には、5番のエルマ。

本来なら4番のバルガスだが、彼の出番はまだだ。

俺はエルマに、一言だけ伝えた。


「三塁線を、射抜け」


彼女は、エルフの誇りを懸けた、真剣な表情で頷いた。

相手バッテリーは、もはやパニック状態だ。彼らは、これ以上長打を打たれまいと、外角一辺倒の攻めを見せる。

だが、その配球は、エルマの驚異的な動体視力の前では、全てお見通しだった。


エルマは、外角のボールに踏み込むと、まるで弓を引き絞るかのような、美しく、そして鋭いスイングでバットを振り抜いた。

甲高い金属音と共に、白球は痛烈なライナーとなって、ルーナのデータ通り、三塁線を綺麗に破っていく。


フェア!

走者二人が、悠々とホームイン。

逆転だ。


「よっしゃあああああああっ!」


アークスのベンチが、この日一番の歓声に包まれる。

その後も、アークスの攻撃は止まらなかった。

俺たちが仕掛ける、パワーに頼らない、スピードと技術を駆使した野球の前に、ゴルダ・ハンマーズは完全に翻弄され、自滅していった。


彼らは、自分たちの周りを縦横無尽に駆け回る、小さなホビットや、俊敏な獣人に翻弄され、守備ではエラーを連発。

攻撃では、焦りから大振りが目立ち、完全に冷静さを取り戻したグランの術中にはまっていった。


試合が終わる頃には、スコアボードには「5-1」という、誰もが予想しなかったスコアが刻まれていた。

俺が再定義リビルドした戦術が、初めて完璧な形で機能した瞬間だった。


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