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第66球 僕らのアーク

俺たちがコーシエンの優勝旗を携え、故郷アークランドへと凱旋した日。

国中が建国以来最大で、そして最も熱狂的な歓喜に包まれた。


王都へと続く街道は俺たちの名を叫び、俺たちの旗を振るあらゆる種族の民衆で完全に埋め尽くされていた。

空からは魔法で七色に輝く花吹雪が舞い落ちる。

街の楽団が俺たちの戦いを即興の英雄譚として高らかに奏でている。

あの活気がなく沈みかけていた船のようだったアークランドが、まるで嘘のように生命力に満ち溢れていた。


俺たちは王都をゆっくりとパレードする馬車の上にいた。

「す、すげえ……」

リコが目をこれ以上ないくらい丸くしている。

「俺たち本当に英雄になっちまったんだな……」

「がっはっは! 当たり前だぜ!」

バルガスがその声援に力こぶで応えながら豪快に笑う。

「この最強の4番バルガス様がいたんだからな!」


俺はその熱狂の光景を目に焼き付けていた。

かつて俺が住んでいた酒場の頑固者の親父が、涙を流しながらエールの杯を掲げている。

厳しい顔で俺たちを送り出した騎士団の団長が、その顔をくしゃくしゃにして手を振っている。

そして群衆の一番前で。

俺が最初に野球の楽しさを教えたあのホビットの子供が、仲間たちと手作りのアークスのユニフォームを着て、声を枯らしながら俺の名前を叫んでいた。


その光景に俺の胸が熱くなる。

そうだ。

俺たちはこの笑顔を守るために戦ってきたんだ。


群衆の中には見慣れた顔もあった。

ダインがグランの名を呼びながら巨大な酒樽を掲げている。

ルシオンがエルマに向かって静かに頷いている。

キッドがやれやれと肩をすくめながらも、その口元には笑みが浮かんでいる。

イグニスが腕を組み、ただ黙って俺たちの凱旋を見届けている。

彼らもまた俺たちの勝利を我が事のように喜んでくれていた。



その夜、王城で開かれた盛大な祝賀式典。

俺たちはアリシア王女の手から一人ひとり、アークランドの最高勲章を授与された。


「―――ソラ」

最後に俺が壇上へと上がると、アリシア王女はその美しい瞳を涙で潤ませながら俺の手を強く握りしめた。

「……ありがとう。本当にありがとう」

「……」

「あなたはこの国にただの勝利以上のものを、もたらしてくれました。……希望という名の光を」

「……いいえ、姫様」

俺は笑って言った。

「これは俺一人の力じゃない。ここにいる最高の仲間たちと、そして姫様とアークランドの全ての国民が、俺たちを信じてくれたから掴めた光です」


俺たちの奇跡の勝利はこの国の全てを変えた。

大国からの不当な要求は鳴りを潜め、交易は活気を取り戻し、そして何よりも民衆の顔に未来への明るい希望が戻ってきた。

俺たちは確かにこの国を救ったのだ。



それから数日が過ぎた。

熱狂的な祭りのような日々は終わりを告げ、アークランドには穏やかな日常が戻ってきていた。

俺はあの日全てが始まった、あの古びたグラウンドにいた。

だが俺はもう一人ではなかった。

俺の周りにはあの広場の子供たちが、目をキラキラと輝かせながら集まっている。

俺は彼らに野球の本当の楽しさを教えていた。


「いいか、ボールを怖がるな。ボールと友達になるんだ」

「はい、コーチ!」


その平和な光景を破るように。

背後から懐かしい声が聞こえてきた。

「―――親方。随分と腑抜けた顔になったじゃねえか」

「キャプテン! そんなとこで油を売ってる場合かよ!」


振り返るとそこには、グランが、バルガスが、カイが、リコが、フィンが、エルマが、ゼノが、そしてルーナが、いつもの笑顔で立っていた。


「お前ら……」

「なんだよその顔は。驚いたって顔だな」

フィンが笑う。

「当たり前だろ。俺たちはアークスなんだからな」

バルガスがその巨大なバットを肩に担ぐ。

「なあキャプテン。次の練習はいつからだ?」

「……は?」

「俺、あの竜野郎にリベンジしなきゃ気が済まねえんだよ! 次は俺があいつからホームランを打つ!」

「そうだぜ親方。ワシのこの腕ももう完治した。次はあの生意気な小僧を完璧に抑え込んでやるわい」


仲間たちの瞳にはもう次の戦いへの炎が宿っていた。

そうだ。

俺たちの戦いはまだ終わらないのだ。


俺は呆れたように、そして心の底から嬉しそうに笑った。

俺はこのどうしようもなく野球が好きな馬鹿野郎たちを見渡した。


「(……俺はこの世界に来て本当の宝物を見つけた)」

「(知識でも勝利でもない)」

「(この最高の仲間たちという、かけがえのない宝物を)」


俺は澄み渡った異世界の空を見上げた。

そこには紫と緑の二つの月が優しく俺たちを照らしていた。

転生したこの世界で最高の仲間たちと出会えた奇跡に、心の底から感謝した。


「―――分かった、分かったよお前ら」

俺は笑って言った。

「練習は明日からだ。今日はもう終いだ。……飯でも食いに行くぞ!」

「「「おおっ!」」」


俺たちの勝利の物語はここで一つの終わりを告げる。

だが俺たちのアーク(絆)の物語はこれからも続いていく。

この最高の仲間たちと共に。

永遠に続いていく。

未来へと。


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