第3球 集いし理不尽(アークス)
王城の門を叩いた翌日、俺は正式にアークランド代表チーム『アークス』の監督兼主将に就任した。
アリシア王女は、俺の出した「チームに関する全権を委任すること」という条件を、一つ返事で呑んでくれた。彼女の目には、この国の未来が懸かっているという強い覚悟が見えた。
「頼みます、ソラ。あなたの野球で、この国に希望の光を」
「……ええ、必ず」
王女に深く頭を下げ、俺の最初の仕事が始まった。
それは、選手を集めること。
だが、ただの腕利きじゃない。この世界の『理不尽』な野球で勝つためには、こちらも『理不尽』な個性を持つ奴らを集める必要があった。もう、俺の知識を過信して、人間だけのチームで戦うつもりはない。
俺はルーナ――子供たちとの一件で知り合った、王国の書庫官見習いのエルフ族の少女を、その驚異的な記憶力と分析能力を見込んで、半ば強引にマネージャーに引き入れた。
「い、私がマネージャーなんて、そんな大役……!」
「あんたの知識が必要なんだ。この世界の常識も、各種族の特性も、俺は知らないことだらけだからな」
ルーナがまとめた候補者リストを手に、俺はスカウトの旅に出た。
◇
最初に訪れたのは、ゴルダ山脈の奥深くにあるドワーフの里だ。
カン、カン、とリズミカルな金属音が響く鍛冶場で、俺は目当ての人物を見つけた。
名はグラン。 ずんぐりとした体に、岩のような筋肉。リストに書かれた彼のプロフィールは「元投手。驚異的なスタミナを誇るが、性格が頑固すぎてチームプレーができず、引退」というものだった。
「アークスへの参加を頼みに来た。投手として、君の力が必要だ」
「フン、野球なんぞ、とうにやめたわい!」
グランは、真っ赤に焼けた鉄塊をハンマーで打ち付けながら、そっけなく答える。
「ワシは鍛冶師だ。野球より、この鉄と向き合っている方がよほど性に合っとる!」
「……なるほどな。見事な体幹だ」
俺は彼の仕事ぶりをじっと観察しながら呟いた。
「(地面スレスレまで腰を落としても、上半身が全くブレない。地球の常識ならありえない身体バランスだ。だが、あの岩盤のような下半身なら可能か。それに、この工房の熱気の中で一日中ハンマーを振るい続けるスタミナも、計測不能だ)」
「なんだ、若造。ワシの仕事ぶりに見惚れたか?」
「ああ。その力、国のために使ってみないか、グラン。お前が納得できる最高の舞台を、俺が用意してやる」
「……ほざきおるわ」
グランは興味なさげに鼻を鳴らしたが、その目がほんの一瞬、好奇心に揺れたのを、俺は見逃さなかった。
次に訪れたのは、街の闘技場。
目当ては、無敗のチャンピオンとして君臨するミノタウロス、バルガスだ。
彼が巨大な戦斧を振るうたびに、対戦相手の鎧が紙くずのように吹き飛んでいく。
「うおおおおっ! 力こそ全てだ!」
勝利の雄叫びをあげるバルガスに、俺は観客席から声をかけた。
「おい、牛の兄ちゃん。その程度の舞台で満足か?」
「ああん? 誰だテメエ!」
「アークスの監督だ。お前を4番打者としてスカウトしに来た」
「野球だと? くだらん!」
バルガスは、闘技場の観客の歓声こそが全て、という顔をしている。
「(スイングスピードもパワーも、俺の知ってるどのスラッガーより上だ。だが、気性は荒く、単純。こいつを4番に置いた時の破壊力と、チームを壊しかねないリスクは……)」
「なあ、バルガス」
俺は不敵に笑って見せた。
「お前のそのパワー、もっと大きな舞台で試したくはないか? 闘技場の歓声なんかじゃ比較にならない、世界中からの喝采を、浴びてみたくはないか?」
「……世界中、だと?」
バルガスの大きな目が、ギラリと光った。
その他にも、俺はリストを元に、様々な種族の元へと足を運んだ。
神速の俊敏性を持つが、気分屋でチームをすぐ抜ける猫族の獣人、カイ。
魔法剣の使い手で、トリッキーなプレーを得意とするが、性格に難ありの皮肉屋なダークエルフ、ゼノ。
弓の名手で、プライドが高いエルフのエルマ。
風の流れを読む特殊な能力を持つが、極端に無口なシルフ(風の精霊)のシルフィ。
そして、俺の数少ない幼馴染で、特別な能力はないが、誰よりも野球を愛する努力家の人間、フィン。
彼らは皆、一癖も二癖もあるが、この世界の理不尽な野球を戦い抜くための、確かな『個性』を持っていた。
◇
数週間後。
アークランドの古びたグラウンドに、スカウトしたメンバーたちが、胡散臭げな顔で集結していた。
ドワーフ、ミノタウロス、エルフ、ダークエルフ、獣人、ホビット、シルフ、そして人間。
あまりにもバラバラな種族構成に、彼らはお互いを警戒し合い、チームにはピリピリとした不穏な空気が流れている。
(……やれやれ。こりゃ、前途多難だな)
俺は内心で頭を抱える。
(こいつら、俺の知ってる野球選手じゃねえ! まさに『歩く理不尽』の寄せ集めだ)
だが、同時に、俺の心は燃えていた。
この扱いにくい、だがとんでもない可能性を秘めた個性を、俺の知識で組み合わせることができたなら――。
俺は、集まった選手たちの中心に立ち、挑戦的な笑みを浮かべて、高らかに宣言した。
「今日から俺たちは、アークランド代表『アークス』だ!」
「目的はただ一つ、コーシエンで優勝する!」
「俺の知識と、お前たちのその理不尽な力で、世界をひっくり返してやろうぜ!」