表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/66

第28球 魂の対決

9回裏、アークスの攻撃。

スコアは、12-11。

一点差。

俺たちの、奇跡のような猛追によって、絶対的な暴力の化身であったはずのヴルカニア・バーサーカーズを、あと一歩のところまで、追い詰めていた。


だが、現実は非情だ。

粘る俺たちの前に、相手エースのイグニスが、その怪物のようなスタミナで立ちはだかる。

先頭打者のフィンが倒れ、ワンアウト。

続くリコも、気迫で食らいつくが、180km/hを超える剛速球の前に、空振り三振。

ツーアウト。ランナー無し。


「……くそっ」

「ここまで、なのか……!」


ベンチの仲間たちに、再び、絶望の色が浮かび始める。

あと、たった一人。

この打者が倒れれば、俺たちの、奇跡の夏は、終わる。


だが、ここからだった。

ここからが、俺たちが、この一年、血と汗と涙で築き上げてきた、『絆』の力が、試される場面だった。


次の打者、カイが、粘りに粘って、四球を選ぶ。

続くエルマが、美しい流し打ちで、ライト前にヒットを繋ぐ。

そして、ゼノが、相手の僅かな油断を突き、デッドボールで出塁する。


ツーアウトから、満塁。

繋いで、繋いで、繋ぎまくって、俺たちは、サヨナラの舞台を、作り上げた。


そして。

スタジアム中の、数万の観客の視線が、一つの場所に、注がれる。

ネクストバッターズサークルから、ゆっくりと、バッターボックスへと向かう、俺の背中に。


『9回裏、ツーアウト満塁! 一打逆転サヨナラのこの場面で、バッターは、4番、キャッチャー、キャプテンの、ソラ!』


アナウンサーの、興奮しきった声が、スタジアムに響き渡る。

地鳴りのような大歓声。

マウンドには、疲れを見せながらも、未だ、その瞳に獰猛な闘志を宿らせた、宿敵イグニス。

地方大会、決勝戦。

これ以上ない、最高の舞台だった。


俺は、バッターボックスで、ゆっくりと、バットを構える。

心臓が、うるさいくらいに、高鳴っている。

だが、不思議と、恐怖はなかった。


(……見てるか、みんな)


俺は、心の中で、仲間たちに語りかける。


(グラン。お前の腕の痛み、俺が引き受ける)

(バルガス。お前のパワー、俺に貸してくれ)

(エルマ、ゼノ、カイ、リコ、フィン……お前たちが繋いでくれた、この想い。絶対に、俺が、決める)


そして、俺は、転生前の、日本の空を思った。

俺のせいで、野球の夢を、壊してしまった、親友の顔を。


(……見ててくれ。俺が、お前と一緒に追い求めた、あの野球を。今、この世界で、完成させてみせるから)


俺は、すぅ、と息を吸い込む。

その瞬間、俺の周りから、全ての音が、消えた。


                 ◇


マウンド上のイグニスもまた、極限の集中状態にあった。

彼の頭の中にはもう、小細工も、駆け引きも、存在しない。

ただ、目の前の、この生意気な人間のキャプテンを、己の最強の武器で、ねじ伏せる。

その、一点だけだ。


「―――ウオオオオオオオオオオオッ!」


獣の咆哮と共に、イグニスが、第一球を、投げ込んだ。

183km/h。

内角高めを抉る、暴力そのもののような、剛速球。


キィン!


俺は、それに、食らいついた。

凄まじい衝撃が、腕を駆け抜け、全身が痺れる。

だが、俺は、歯を食いしばり、その衝撃に耐えきった。

打球は、ファウルとなって、バックネットに突き刺さる。


「(……速い。そして、重い……!)」

「(だが、見える! 今の俺なら、見えるぞ!)」


二球目。

今度は、外角低め。

同じく、180km/hオーバーの、剛速球。


カン!


俺は、バットを短く持ち、カットする。

打球は、三塁側のベンチへと、一直線に飛び込んでいった。

ファウル。


三球目。

四球目。

五球目。


俺とイグニスの、魂の対決は、終わらない。

イグニスは、ただ、ひたすらに、剛速球を投げ込んでくる。

俺もまた、転生者としての知識、仲間との絆、その全てを懸けて、その一球一球に、食らいついていく。


ボールとバットが激しくぶつかり合う音が、何度も、何度も、スタジアムに響き渡る。

ファウル、ファウル、ファウル。

二人の、死闘は、続いていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

イグニスの肩が、大きく、上下している。

彼のスタミナは、もう、限界に近いはずだ。

俺の体力も、もう、ほとんど残っていない。手のひらの皮は破れ、血が滲んでいる。


「(……なぜだ)」

イグニスの、心の声が、その瞳から、伝わってくるようだった。

「(なぜ、折れない……! この人間は、なぜ、俺の力の前に、まだ立っている……!)」


そして、運命の、12球目。

イグニスは、残された、最後の、最後の力を振り絞り、この日一番の、雄叫びを上げた。

「―――オオオオオオオオオオオオオッ!」


彼が投げ込んだ渾身の一球は、全ての駆け引きを捨てた、ど真ん中への、一点の曇りもない、魂のストレートだった。

その、白球が、マウンドを離れた、瞬間。


俺の周りの、時間の流れが、極限まで、遅くなった。

全てが、スローモーションに見える。

飛んでくるボールの、赤い縫い目。

その、僅かな回転。

マウンドで、全てを出し尽くしたかのように、膝に手をつく、イグニスの姿。

ベンチで、祈るように、俺を見つめる、仲間たちの顔。


そして、俺の脳裏に、蘇る。

転生前の、日本の、夕暮れのグラウンド。

俺のせいで、夢を絶たれた、親友と、二人で、来る日も、来る日も、練習した、あの光景。


『いいか、ソラ。最高のバッターはな、最後に、何も考えないんだ』

『ただ、体が、心が、魂が、最高に気持ちいいと感じる、たった一つの、完璧な軌道で、バットを振るんだ』

『それが、お前の、理想のスイングだ』


―――そうだ。

これだ。


俺は、無意識に、笑っていた。

全ての恐怖も、後悔も、プレッシャーも、消え去った。

俺は、ただの、野球が好きな、少年に戻っていた。


俺は、かつて親友と、二人で追い求めた、あの、理想のスイングで、バットを、振り抜いた。

それは、俺が、この世界に来て、初めて、全てのトラウマを、完全に乗り越えた、瞬間だった。


―――カッッッッッ!!!!


世界に、それ以外の音は、なかった。

バットの芯と、ボールの芯が、完璧に、寸分の狂いもなく、一つになった、至高のインパクト音。

その、心地よい感触だけを、俺の掌に、残して。


第29球 本日22:30更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ