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第27球 繋がる想い、繋がる打線

―――バキイイイイイイイイイイン!!!


バルガスが放った満塁ホームランが、スコアボードを粉々に砕け散らせた、その瞬間。

スタジアムの空気は、完全に、そして劇的に、一変した。


それまで、ヴルカニアの圧倒的な勝利を信じて疑わなかった観客たちが、手のひらを返したかのように、俺たちアークスに、熱狂的な声援を送り始めたのだ。

誰もが、奇跡の始まりを、その目で目撃してしまったから。

死の淵から蘇った不死鳥の、力強い羽ばたきを、目の当たりにしてしまったからだ。


「いけえええええ! アークス!」

「10点差なんて、ひっくり返しちまえ!」

「頑張れ、小さな国の挑戦者たち!」


その声援は、地鳴りのように、俺たちの体を震わせる。

対照的に、ヴルカニアのベンチは、初めての『焦り』と『動揺』に包まれていた。

彼らの野球は、ただ、純粋なパワーで相手を殴りつけることしか知らない。 リードされた状況、追い上げられる状況での戦い方を、彼らは、これまで一度も経験したことがなかったのだ。


「……監督! イグニスを! 早くイグニスをマウンドへ!」

ベンチから、そんな悲鳴のような声が聞こえる。

だが、俺は、マスクの下で静かに笑っていた。


「(……遅い)」


一度、燃え上がってしまった俺たちの反撃の炎は、もはや、誰にも、消すことはできない。


                 ◇


8回表、アークスの守備。

この回を、いかにして最少失点で切り抜けるか。それが、逆転への絶対条件だった。

俺は、マウンドに、フィンを送った。


「フィン!? 正気か、キャプテン!」

「あんなパワー軍団相手に、人間族のピッチャーじゃ……!」

ベンチの仲間たちが、不安の声を上げる。

だが、俺は、フィンを信じていた。

彼には、グランのようなパワーも、ゼノのようなトリッキーさもない。

だが、彼には、今のチームに、最も必要なものがあった。

―――絶対に、諦めない心だ。


「頼んだぜ、フィン」

「……ああ。任せろ、ソラ」


フィンは、マウンドで、まるで嵐の中に立つ一本の若木のように、しなやかに、しかし、決して折れることなく、ヴルカニアの猛攻に立ち向かった。

打たれる。

それでも、彼は、仲間を信じて、腕を振り続けた。


痛烈なライナーが、三遊間を襲う。

「(もらった!)」

だが、そこには、獣のような勘で、打球方向を予測していたカイが、回り込んでいた。


外野に、大飛球が上がる。

「(抜けた!)」

だが、そこには、風の流れを読み切り、落下地点で悠々と待ち構えるシルフィがいた。


そして、ツーアウト・ランナー二塁。

一打出れば、追加点という場面。

ライト方向へ、抜けそうな当たりが飛ぶ。

ライトを守るエルマが、ボールを捕球し、振り向きざま、ホームへと送球する。

だが、二塁ランナーは、タッチアップの構え。

間に合うか――!?


「カイ!」


エルマが叫ぶ。

その瞬間、カットプレーに入るために、中継地点にいたショートのカイが、驚異的な跳躍力で、その送球を空中でキャッチした。

そして、彼は、着地と同時に、まるで舞うように体を回転させ、三塁へと、矢のようなボールを投げ込んだ。

三塁へ向かおうとしていたランナーは、完全に虚を突かれ、呆然と、タッチアウトになる。

―――アークス・クロスファイア。

合宿で、二人が編み出した、超感覚の連携プレーが、この大舞台で、完璧に炸裂したのだ。


「よっしゃあああ!」


俺たちは、この回を、無失点で切り抜けた。

それは、チーム全員で、魂で、もぎ取った、ゼロだった。


                 ◇


8回裏、アークスの猛攻は、さらに熱を帯びていく。

マウンドには、満を持して、エースのイグニスが登板していた。

その全身から立ち上る気迫は、凄まじい。

だが、その爬虫類のような瞳の奥に、俺は、確かな「焦り」の色を見て取った。


この回の先頭打者は、エルマ。

彼女は、静かな、しかし、これまでとは全く違う、決意に満ちた表情で、バッターボックスに入った。


「(私の『美学』は、もはや、ただの自己満足ではない)」

エルマは、心の中で呟く。

「(このチームの勝利に貢献してこそ、真の『美しさ』……!)」


イグニスが、吠える。

182km/h。

だが、エルマは、その剛速球に、力で勝負を挑まない。

彼女は、合宿で培った、未来予知に近い動体視力と、俺から学んだカット打法を駆使し、何球も、何球も、ファウルで粘る。


「チッ……この、ハエが……!」

イグニスは、苛立ち、さらに、腕に力を込める。

その結果、彼の投じたスライダーが、ほんの僅かに、制球が甘く、外角高めに浮いた。

その一瞬の隙を、エルマは見逃さない。

彼女は、まるで芸術品を創り上げるかのように、完璧で、美しいスイングで、そのボールを捉えた。

打球は、イグニスのパワーに押し負けることなく、ライト線へと、吸い込まれるように飛んでいく。

クリーンヒット。


「よしっ!」


エルマの出塁を皮切りに、俺たちの打線が、再び爆発する。

続くゼノが、イグニスの剛速球の勢いを、まるで魔法のように殺す、絶妙なセーフティバントを決め、ランナーを進める。

「(……たまには、こういう泥臭いのも、悪くない)」

ベンチに戻る彼の顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。


チャンスで、フィン。

彼は、イグニスの剛速球に、バットをへし折られる。

だが、その折れたバットに当たった打球は、彼の執念が乗り移ったかのように、三遊間の、一番深いところを、のろのろと転がっていった。

タイムリー、内野安打。

スコアは、12-7。


そして、カイとリコが、その神速の足で、イグニスと、ヴルカニアの鈍重な守備陣を、徹底的に、掻き回す。

ヒットエンドラン、盗塁、偽装スクイズ。

彼らがグラウンドを駆け回るたびに、ヴルカニアの選手たちの、絶対的な自信が、ガラガラと音を立てて、崩れていった。


そうだ。

バラバラだったはずの、俺たちの『理不尽』な個性が。

俺の『解放』の宣言のもとで、一つの、美しく、そして荒々しい、『猛追のメロディ』となって、スタジアムに鳴り響いていた。


                 ◇


8回裏が終わった時。

誰もが、我が目を疑った。

スコアボードの数字は、「12-11」。

ついに、俺たちは、1点差まで、追い上げたのだ。


スタジアムの観客は、もはや、どちらのファンという区別なく、総立ちになり、この、信じられないものを見るように、俺たちアークスの選手たちに、万雷の拍手と、割れんばかりの大声援を送っていた。

それは、小国の、名もなき挑戦者たちが、絶対的な強者に、己の全てを懸けて立ち向かう、その美しい姿への、純粋な共感だった。


マウンドで、エースのイグニスが、肩で、大きく息をしている。

彼の、絶対的な自信に満ち溢れていたその瞳には、今、初めて、『敗北』という二文字への、生々しい恐怖の色が、浮かんでいた。


俺は、そんな彼を、キャッチャーマスク越しに、静かに、そして強く、見据えた。

最終回。

最後の戦いが、始まろうとしていた。


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