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第20球 決勝への誓い

ゼノの劇的なサヨナラ打が決まった瞬間、俺たちアークスのベンチは、もはや制御不能な歓喜の塊と化していた。


「うおおおおおおっ! 勝った! 決勝だぁぁぁっ!」

「ゼノ! すげえじゃねえか、お前! やればできんじゃねえか!」

「ニャに言ってんだ! ゼノはいつだってやる男ニャ! ……たぶん!」


選手たちがグラウンドになだれ込み、ヒーローであるはずのゼノを、まるで獲物のように取り囲む。

「おい、やめろ、貴様ら! 私に触るな! 汗が移るだろうが!」

「いいじゃねえか、減るもんじゃなし!」

「うらーっ! 胴上げだ、胴上げ!」

「よせ、馬鹿力! このミノタウロス!」

バルガスに軽々と担ぎ上げられ、迷惑そうな顔で宙を舞うゼノ。だが、その口元には、満更でもないという笑みが浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。


ロッカールームに戻ってからも、そのお祭り騒ぎは続いた。

今日のもう一人のヒーロー、ルーナは、選手たち一人ひとりから「ナイスアシスト!」「お前も立派なアークスの一員だ!」と代わる代わる頭を撫でられ、顔を真っ赤にしながら、はにかむように涙ぐんでいた。

気弱で、いつも誰かの後ろに隠れていた彼女が、自らの力でチームを勝利に導き、そして、本当の意味で、自分の『居場所』を見つけた瞬間だった。


(……最高の、チームじゃないか)


俺は、その光景を壁に寄りかかりながら、心の底からそう思った。

種族も、性格も、価値観もバラバラ。だが、勝利という一つの目標に向かって、互いの個性をぶつけ合い、認め合い、そして、一つになっていく。

俺が、この世界で創りたかった野球が、今、確かに、形になりつつあった。


                 ◇


その夜、王城の一角を借りて、ささやかな祝勝会が開かれた。

アリシア王女も顔を出し、選手たちの健闘を心から称えてくれた。

決勝進出という快挙に、選手たちは完全に浮かれていた。


「がっはっは! この勢いなら、決勝も楽勝だぜ!」

ドワーフエールで顔を真っ赤にしたバルガスが、豪快に笑う。

「そうだそうだ! どんな相手が来ようと、俺たちの敵じゃねえ!」

「決勝で勝てば、俺たち、アークランドの英雄だぞ!」


楽観的なムードが、宴の席を支配する。

無理もない。ゴルダの『パワー』を制し、シルヴァニアの『技術』を破り、アクアリアの『知略』をも上回ったのだ。もはや、俺たちに敵はないと、そう思いたくなる気持ちも分かる。


だが、俺だけは、その歓喜の輪に加わることができなかった。

俺は、一人静かに席を立つと、ルーナにだけ声をかけた。

「……少し、付き合ってくれ」


俺たちが向かったのは、王城の地下にある、作戦司令室。

ここには、大会の全試合を記録した、貴重な魔力水晶マジックビジョンが保管されている。


「ソラさん……? 祝勝会は……」

「ああ。だが、俺たちの戦いは、まだ終わっていない」


俺は、決勝戦の相手、『火山公国ヴルカニア・バーサーカーズ』の準決勝の試合映像を、壁一面の巨大なスクリーンに映し出した。


その瞬間、部屋の空気が、凍り付いた。

画面に映し出されていたのは、もはや『野球』と呼べる代物ではなかった。

それは、圧倒的なまでの、『暴力』だった。


マウンドに立つのは、エースで4番のイグニス。 筋骨隆々とした、赤い鱗を持つリザードマンだ。

彼が、野獣のような雄叫びと共に腕を振るうと、放たれたボールは、まるで砲弾のように、キャッチャーミットへと突き刺さる。

スクリーンに表示された球速は――180km/h。


「ひっ……!」

ルーナが、小さく悲鳴を上げる。

「(速い……! グランのパワーとも、レクスのそれとも違う。制御不能な、荒れ狂う暴力そのもののような剛速球だ……!)」


だが、絶望はそれだけではなかった。

打席に立ったイグニスは、まるで邪魔な虫けらを払うかのように、軽々とバットを振るう。

ゴッ! という鈍い破壊音と共に、ボールは遥か彼方へと消え、火山の噴火のような大ホームランとなる。

他の打者たちも、虎族や熊族の、見るからに屈強な獣人ばかり。

彼らは、小細工など一切しない。

ただ、来た球を、バットごと粉砕するような、フルスイングを繰り返すだけ。

相手チームの選手たちは、その圧倒的な暴力の前に、恐怖で完全に戦意を喪失していた。


俺たちの野球とは、あまりにも違う。

戦術も、データも、駆け引きも、そこには存在しない。

ただ、目の前の敵を、完膚なきまでに叩き潰すという、原始的なまでの闘争本能だけが、フィールドを支配していた。


                 ◇


映像が終わっても、俺たちは、しばらく言葉を失っていた。

やがて、ルーナが、青ざめ、血の気の引いた顔で、震える声で分析結果を告げた。


「……勝率……計算、不能です」

「……」

「いえ……あえて、言うなら……限りなく、ゼロに、近いです……」

彼女は、絶望的な表情で、俺を見上げた。

「ソラさん……私たちの野球が……ソラさんの戦術も、みんなの技術も、あの絶対的なパワーの前では……データが、全く意味を成しません……!」


その言葉は、俺の心に、深く、重く、突き刺さった。

これまで、俺たちは、相手の弱点を突き、その隙間を縫うようにして、勝利をもぎ取ってきた。

だが、次の相手には、弱点も、隙間も、存在しない。

ただ、分厚く、硬く、そして熱い、溶岩のような『パワー』の壁が、そこにあるだけだ。


脳裏に、あのトラウマが、再び、黒い靄のように立ち上り始める。

「(また、だめなのか……?)」

「(俺たちが、必死で築き上げてきたこの野球は、本物の『力』の前では、所詮、砂上の楼閣に過ぎないのか……?)」


絶望的な空気が、二人を包む。

俺は、モニターの中で、勝利の咆哮を上げるイグニスの姿を、瞳の奥に焼き付けるように、ただ、じっと、見つめ続けた。


怖い。

正直に言って、怖かった。

あの暴力の前に、俺たちの仲間が、壊されてしまうのではないか、と。


だが。

俺は、恐怖に震える自分の拳を、強く、強く、握りしめた。

そして、絶望の淵の底から、最後の闘志を、無理やり、引きずり出した。

俺は、顔を上げ、挑戦者の、獰猛な笑みを浮かべた。


「……面白い。やってやろうじゃないか」

「! ソラさん……?」

ルーナが、驚いたように俺を見る。


「ああ、そうだ。データが意味をなさないなら、データで戦わなきゃいい。計算できないなら、計算を超えるしかない」

俺は、ルーナに向き直り、その小さな肩を、強く掴んだ。

「なあ、ルーナ。俺たちのチームには、何がある?」


俺の問いに、ルーナは、ハッとしたように顔を上げた。

そして、涙で潤んだ瞳で、しかし、力強く、答えた。

「……絆、です」


「そうだ」

俺は、笑った。

「俺たちの最大の武器は、あいつらが持ち合わせていない、このチームで、血と汗と涙で築き上げてきた、『絆』だ」

「……はい!」

「――決勝戦は、総力戦になる。お前の力も、絶対に必要になる。頼んだぜ、俺たちの知恵袋」


俺の言葉に、ルーナは、溢れる涙をぐいと拭うと、これまでで一番、強く、そして美しい表情で、頷いた。

俺たちは、絶望的な戦力差の向こう側にある、僅かな、本当に僅かな勝利の可能性を信じ、決勝戦への、最後の誓いを、新たにした。


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