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第15球 海賊たちのゲーム

シルヴァニア・リーフスとの激闘から一夜。

劇的な逆転勝利の興奮も冷めやらぬまま、俺たちアークスは、準決勝の相手を分析するため、作戦会議室に集まっていた。

ロッカールームには、これまでにない一体感が生まれている。ゴルダの『パワー』を、俺たちの『戦術』と『結束』で打ち破り、シルヴァニアの『完璧な美学』を、俺たちの『荒々しい本能』で粉砕した。

全く異なるタイプの強敵を乗り越えたことで、チームには確かな自信と、どんな相手にも対応できるという柔軟性が芽生え始めていた。


「よーし、キャプテン! 次の相手はどこのどいつだ!」

バルガスが、自信満々に胸を叩く。

「シルヴァニアより強えのか? まあ、誰が相手だろうと、俺様のこのバットで粉砕してやるだけだがな!」

「がっはっは! その意気だ、ミノタウロスの! 次はワシも、もっとド派手な一発をかましてやるわい!」

グランも、すっかり上機嫌だ。

その楽観的な空気に、俺は苦笑しながら、魔力水晶マジックビジョンのスイッチを入れた。


「――次の相手は、港湾都市連合『アクアリア・パイレーツ』だ」


壁に、アクアリアのチームデータが映し出された瞬間。

ロッカールームを支配していた陽気な空気が、すっと冷え込んでいくのが分かった。


「……なんだ、こいつら」

カイが、興味深そうに、しかしどこか警戒するように、その猫目を細める。

画面に並ぶのは、これまでの相手とは全く違う、統一感のない選手たちの姿だった。

鱗に覆われた魚人、上半身が人間で下半身が馬のケンタウロス、背中に大きな翼を持つ半鳥人ハーピー……まさに、多種族の無法地帯。


「一番やりたくないタイプだ……」

俺は、思わず本音を漏らした。

ルーナが、緊張した面持ちで立ち上がり、震える声でデータを補足し始める。


「港湾都市連合アクアリアは、その名の通り、交易で栄える自由都市です。 国民性も、利益を最優先する実利主義。 そのため、彼らの野球も、勝利という『利益』のためなら、手段を選びません」

「手段を選ばない、だと?」

「はい。彼らのチームスタイルは、ただ一つ。『奇襲』と『機動力』です」


ルーナが水晶に触れると、アクアリアの過去の試合映像が流れ始めた。

誰もが、その異様な光景に、言葉を失った。


――俊足の魚人選手が、スライディングの際に、ベースの手前で地面に潜り、まるで水中を泳ぐかのように加速して、野手のタッチを掻い潜る。

――巨体のケンタウロス選手が、その四本足を活かした爆発的な加速力で、ただの内野ゴロを、ツーベースヒットに変えてしまう。

――外野フライで、ハーピー選手の走者が、三塁からホームへ、低い軌道で滑空するようにタッチアップし、通常ではありえないスピードで生還する。


「な、なんだこりゃ……!」

グランが、呆然と呟く。

「こんなの、野球じゃねえ! ただのハチャメチャじゃねえか!」

「頭が……頭がこんがらがってきた……」

バルガスは、完全にキャパオーバーといった様子で、頭を抱えている。


俺は、重々しく口を開いた。

「これが、アクアリアの野球だ。各種族の特性を、ルール内で最大限に利用し、相手の常識を破壊してくる。だが、本当に厄介なのは、これだけじゃない」


俺は、映像を一時停止させ、一人の人間族の選手をアップにした。

口髭を蓄え、海賊のような眼帯をつけた、精悍な顔つきの男。


「こいつが、このチームの監督兼主将、キャプテン・キッド。 地方一の盗塁技術を持つと同時に、『フィールドの詐欺師』の異名を持つ、このチームの頭脳だ」


俺は、自分が知る日本のプロ野球史上に残る、様々なトリッキーなプレーの事例を、図解を交えて説明し始めた。

「いいか、奴らがやってくるのは、こういうことの延長線上だ。例えば、『隠し球』。野手がボールを持っていることを隠し、油断して離塁した走者をアウトにする古典的なトリックだ。だが、もしこれを、透明化できる魔法を持つ種族がやったらどうなる?」

「……ボールが、消えるのか!?」

「あるいは、『偽装スクイズ』。バントをすると見せかけて、相手守備陣を前におびき出し、ヒッティングに切り替える戦術だ。だが、もしこれを、分身できる魔法を持つ種族がやったら?」

「……打者が、増えるのか!?」


選手たちの顔が、どんどん青ざめていく。

俺の知る『セオリー』ですら、この世界の『理不尽』な能力と掛け合わされることで、予測不能な脅威へと変貌するのだ。


「ふざけるな!」

グランが、我慢ならないといった様子で、机を強く叩いた。

「そんな泥棒みてえな真似、ワシは好かん! 野球は、もっと正々堂々、力と力でぶつかり合うもんだろうが!」

「おやおや、力こそ正義のドワーフ殿には、理解できないようですな」

その時、これまで黙っていたゼノが、皮肉な笑みを浮かべて口を挟んだ。

「私は、嫌いじゃありませんよ。そういう、ルールの隙間を縫うような、知的な騙し合いはね」

「なんだと、このひねくれ闇エルフ!」

「おっと、脳まで筋肉でできているミノタウロス殿と一緒にするのはやめていただきたい」

「んだと、コラァ!」


まただ。また、このチームは、一つの方向に進もうとすると、すぐに不協和音を奏で始める。

俺は、言い争う選手たちの間に立ち、声を張り上げた。


「――いい加減にしろ、お前ら!」


俺の怒声に、ロッカールームが静まり返る。

「好き嫌いの問題じゃない。勝つために、相手を知る必要があるんだ。俺たちは、次の試合、ただの野球選手であると同時に、海賊を相手にする、海軍にならなきゃならん」


                 ◇


ミーティングが終わった後も、俺は一人、作戦室に残っていた。

壁に貼られたアクアリアのデータと、キャプテン・キッドの顔写真を睨みつけ、思考を巡らせる。


「(一番厄介なのは、やはりキャプテン・キッドだ。あいつは選手でありながら、監督として、リアルタイムでフィールド全体を支配している。思考が読めない。俺の知識で、奴の奇策を上回れるのか?)」


転生者としての、傲慢さ。

まだ、俺の中に残っているのではないか?

また、俺の知らない『理不尽』で、掌の上で踊らされることになるんじゃないか……?

過去のトラウマが、黒い靄のように、思考を鈍らせる。


「……ソラさん」

ルーナが、そっとお茶を差し出してくれた。

「あまり、根を詰めないでください」

「……ああ、悪い」

「あの……キャプテン・キッドのデータですが、一つ、気になることが」

「なんだ?」

「彼の故郷、港湾都市では、何よりも『契約』を重んじる文化があるそうです。彼らにとって、ルールとは『破る』ものではなく、『最大限利用するための契約書』のようなもの、だとか」

「……契約書、か」


その言葉に、俺は何か、ヒントを得たような気がした。

そうだ。奴らは、無法者じゃない。ルールという盤面の上で、最も効率的に勝利という『利益』を追求する、冷徹なゲームプレイヤーなんだ。


「ありがとう、ルーナ。少し、見えてきた気がする」


俺はルーナと共に、その日から、徹底的な対策を練り始めた。

特に、捕手である俺と、投手との間のサインは、これまでのものを全て捨て、ダミーを何重にも重ねた、暗号のような複雑なものに変更した。

Aパターン、Bパターン、Cパターン。イニングごとに、その暗号の解読法すら変更する。

相手が情報戦を仕掛けてくるなら、こちらも、情報の迷宮に誘い込んでやるまでだ。


試合前夜。

俺は一人、グラウンドに立っていた。

夜風が、頬を撫でる。土の匂いが、肺を満たす。

この世界に来てから研ぎ澄まされてきた五感が、明日対峙する、危険で、しかしどこか魅力的な好敵手の存在を、ひしひしと告げていた。


「(これは、情報戦だ。そして、心理戦だ。俺の、転生者としての知識の全てが、試される……)」


俺は、夜空に浮かぶ二つの月を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「面白い。やってやろうじゃないか、キャプテン・キッド」

「――海賊ごっこは、もう終わりだ」


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