表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

第1球 聖球戯と転生者の憂鬱

「うおおおおっ! 決まったああああっ!」

「レクス! レクス! 今年もアンタがMVPだ!」


安酒場のむっとする熱気の中、壁にかけられた魔力水晶マジックビジョンが放つ光が、酔客たちの興奮しきった顔を照らし出していた。

年に一度開催される、この世界の全てを決める野球の祭典『コーシエン』。その決勝戦が、今、決着したのだ。



(……またか。今年もヴァルム帝国の圧勝か)


俺は、カウンターの隅で一人、ぬるくなったエールを呷りながら、その光景を冷めた目で見つめていた。


画面の中で、絶対王者ヴァルム帝国のエース兼4番、レクスが咆哮を上げている。 竜人族である彼の肉体は、人間とは比べ物にならないほど強靭だ。 最後の打者を、その剛腕から放たれる200km/h超の豪速球でねじ伏せ、自らの手で優勝を決めた。




「すげえな、レクス様、人間じゃねえ!」

「当たり前だろ、竜人族だぞ!球を投げさせたら世界一だ!」


(人間じゃねえ、か。その通りだ)


俺は心の中で毒づく。


(ここはそういう世界だ。俺の知っていた『野球』じゃない。剣と魔法が存在し 、エルフが、ドワーフが、獣人が、その規格外の身体能力で当たり前のようにプレーする。 これはスポーツなんかじゃない。ただの理不尽な力の見せつけ合いだ)



画面の中では、敗れた国の選手たちがグラウンドに突っ伏して泣き崩れていた。彼らの国は、この敗戦によって、向こう一年間の国家予算の多くを戦勝国に明け渡すことになる。 下手すれば、国の存亡にすら関わる一戦。それが、この世界の『聖球戯せいきゅうぎ』だった。




「おい、ソラ! お前も見てたか! すげえ試合だったな!」


店の親父が、興奮気味に空になったジョッキを指差す。

「ああ、そうだな」

「なんだい、相変わらず冷めてるねえ。お前さん、昔は野球やってたんだろ? もっと熱くならねえのかい?」

「……もう、野球あれは捨てたんだ」


勘定をカウンターに置き、俺は騒がしい酒場を後にした。

夜風が、火照った顔に心地いい。


俺が住むこの小国アークランドは、活気という言葉からは程遠い。 街灯はまばらで、道行く人々の肩は、誰もが重い荷物を背負っているかのように丸まっている。資源に乏しく、これといった産業もないこの国は、コーシエンで負け続けた結果、大国からの経済的圧迫に苦しみ、ゆっくりと、だが確実に、沈みかけている船のようだった。





(これも、全ては聖球戯の勝敗が決める……か)


馬鹿馬鹿しい。

そう思うのに、かつて野球に全てを捧げた魂が、この世界の在り方を否定しきれずにいた。


                 ◇


その頃、アークランドの王城では、若き王女アリシアが、大臣たちからの重苦しい報告に心を痛めていた。

「姫様、もはや打つ手は……。これ以上の緊縮財政は、民の不満を爆発させかねません」

「北のヴァルム帝国からは、さらなる資源提供の要求が……」

「コーシエンで奇跡でも起きぬ限り、この国は……」


アリシアは、窓の外に広がる自国の寂れた夜景を見つめ、強く唇を噛んだ。彼女の瞳には、涙の代わりに、強い決意の光が宿っていた。

彼女は振り返り、諦めムードの漂う大臣たちを、凛とした声で一喝する。


「聞きましたか、皆の者! 他に道がないのなら、その奇跡を起こすのです!」

「……姫様?」

「布告を! アークランドは、次回のコーシエンに出場します! 国中から腕利きを集めなさい! これは、王女命令です!」



大臣たちの驚きと反対の声を、アリシアは「他に道があるのですか!」という言葉で封じ込めた。

そして、彼女は一人の側近に、密かに命じた。


「……一人だけ、心当たりがあります。かつて彗星の如く現れ、その革新的な戦術で世間を驚かせながら……ある試合を境に、忽然と姿を消した男が」



「まさか、あの男を?」

「ええ。探しなさい。――ソラを」


                 ◇


翌日の夕暮れ時、俺の粗末なアパートの扉が、場違いなほど丁寧にノックされた。

扉を開けると、そこには王家の紋章が入った豪奢な服をまとった、いかにもな使者が立っていた。


「――元アークランド野球選抜、ソラ殿ですな? 王女アリシア様より、この度結成される新チームへの参加を、監督兼主将として要請したく、参じました」


その言葉に、俺は間髪入れずに答える。

「断る。人違いだ」


扉を閉めようとする俺を、使者は慌てて押しとどめた。

「お待ちください! 貴殿はかつて、その革新的な戦術で、我が国の野球を新たなステージへ導いたと聞いております! どうか、そのお力を再び……」

「……黙れ」


俺の低い声に、使者は息をのんだ。

脳裏に、あの日の光景が蘇る。


――エルフの動体視力は、俺の知るどんな変化球の軌道をも見切り、嘲笑うかのように打ち返した。


――ドワーフの規格外のパワーは、計算され尽くしたはずの内野シフトを、ただの brute force(暴力)で粉砕した。


――そして、俺の日本の知識を唯一信じてくれた親友は、俺が教えた「正しい」はずのフォームで投げ続けた結果、肩を壊し、二度とボールを握れなくなった。


俺は野球を知っているつもりで、この世界の理不尽ルールを、何も見ていなかった。


「言ったはずだ」

俺は、心の奥底から湧き上がる苦い感情を押し殺し、使者に告げる。

「俺の野球は、この世界じゃ通用しない。お遊びに付き合う気はないんでね。帰ってくれ」


今度こそ、扉を乱暴に閉めた。

一人になった部屋で、壁に立てかけてある、埃をかぶった古いバットを見つめる。

あの絶望の日から、俺は野球から、自分自身から、逃げ続けている。

もう、二度とあんな思いはしたくない。


俺の挑戦は、とうの昔に終わったんだ。

そう、思っていた。


甲子園見ながらふと思い立って筆を起こしてみました。

甲子園期間中は1日複数更新、、、できたらいいなあ

少なくとも今日はもう1話は投稿します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ