表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

狂い姫とその妹 ‐旅のはじまり‐

作者: 天音 紫苑

≪あらすじ≫

 山奥の子爵領キティスに住む“狂い姫“ジュリアには、歳の離れた妹、シャルがいました。妹はまだ幼いためキティスから出た事がありません。妹を不憫に思ったジュリアは、妹を連れて、王都に旅に出たのでした。


≪お願い≫

※高評価を頂けると励みになります。

※本作の無断転載、AI学習を固く禁じます。

※この作品はpixivで公開した作品を、アルファポリス、カクヨム、小説家になろうに掲載したものです。

 うつりゆく景色。いきかう人々。

 そして、手綱(たづな)を握る私の腕の中で、揺れる妹の小さい身体(からだ)

 妹は、キティスを出発してからというもの、もの珍しそうに、キョロキョロとあたりを見回し、見たことのないものを見つけては、私に質問をしていた。

 私にとっては、王都までの行き馴れた道。でも、ずっとキティスにいた妹にとっては、文字通り、世界が広がって行く大冒険だ。

 いつもは、まだ小さいからと、乗せてもらえない馬に乗り、初めて見る風景を、目をキラキラさせて楽しむ妹を見ていると、連れ出して良かった、と思う。

 馬のスピードは常歩(なみあし)。いつもは速足(はやあし)で駆ける道行きを、悠々と進む。

 蛇行(だこう)する山道を下って、視界が開けると、妹が口を開いた。


「わぁ!ねぇねぇ、ジュリアおねえさま。みてみて、おーごんのジュータンみたい」


 一面に広がる麦の穂。

 そよ風に波打ち、収穫の時を待ち望む光景を、ある詩人は“黄金の絨毯(じゅうたん)”と(うた)った。

 美しい風景は、4歳の妹をも詩人にしてしまうらしい。

 私はといえば、少女の時ならいざ知らず。今では、これを耕したみなの心労に思いがいく。よくあの荒れ地をここまで、としみじみ思う。すっかり、大人になってしまった。

 私は、妹の、このあたりでは珍しい黒髪を見ながら言う。


「見てるわよ、シャル。綺麗な景色ね」

「ねー!」

挿絵(By みてみん)

 ここで、荒れ地を開拓した、みなの苦労を語ることはしなかった。まだ幼い妹には分からないでしょう。それに、まだ私の腕の中で、厳しい現実から守ってあげたかった。

 かわりに、話題に出したのが、あの麦はなんになると思う?、という話題だった。

 妹のたっての希望で、今日の昼食は、パンになった。

 妹は、あの麦たちがすぐにパンになってベーカリーに並んでいると思っているようだった。まだ収穫されていないから、パンに使われている小麦は、去年の小麦だと思うけど。


--


 近くの村のベーカリーでサンドイッチを買い、川のほとりに移動して、あたりを見渡す。

 川のほとりには、誰もおらず。畑で農作業をしていた人たちも、作業の手を止めて、昼食を食べているのを、遠目に確認する。

 いつも王都に行く時は、馬で速足(はやあし)で駆けて、面倒ごとはスルーしているけど、今日はそうもいかない。

 一人旅は、危険がつきまとう。特に女は、男のそれより危険だった。

 キティス子爵領なら、たいていの人は私のことを知っているから問題ないけど、ここはイゼオ伯爵領。村が安全という保障もなく、用心をするに越したことはなかった。

 自衛のために帯剣しているし、マントにはキティス子爵家の紋章が入っている。よほどの馬鹿じゃない限り、問題は起きないでしょう。

 私は安全を確認して、馬を降りる。シャルを抱き上げて、馬から降ろすと、先ほど買ってきたサンドイッチと水の入った瓶を広げたのだった。


--

 

「これは、このまま食べるの?」

「そうよ」


 この子ったら、キティス子爵家にお世話になって長いからか、貴族のマナーが身についているみたい。適応が早いというか、まぁ、それは私も人のことは言えないけど。

 お手本でガブりと食べる。トマトのフレッシュな酸味と、燻製ハムの芳ばしい香りが口の中に広がった。んー、マヨネーズが欲しいわね。

 それを見た妹は、ジッとサンドイッチを見ると覚悟を決めて、小さいお口を目一杯開けて、アムっと噛みつく。

 んぅ、とハムを噛み切って、お口の中でモグモグすると、ようやく顔に笑顔が戻った。


「おいしい?」

「うん」


 サンドイッチを美味しそうに食べる妹に癒される。

 柔らかな日差しも、爽やかな薫風(くんぷう)も、川のせせらぎも、なにもかも旅にはうってつけだった。


--


「おおきい川だね」


 旅を再開し、川沿いに西に向かっていると、私の腕の中で馬に揺れている妹が、そう言ってきた。


「そうねぇ、キティスにはこんな大きな川、ないものね」


 キティス子爵領は高地にあり、小川が多い。ひとたび大雨が降れば、小川はたちまち氾濫(はんらん)し、暴れ川となる。キティスが広大な割に、子爵領たる所以だった。その暴れ川()が、この地で緩やかに合流しているのを見ると、なんとなく、やるせ無い気持ちになる。


「ジュリアおねえさま!あれはなに?」


 私の服を引っ張って、そう問う妹。今までで一番の反応だ。

 妹の指差す方を見ると、舟が見えた。長さは8メートル、横の長さは2メートル弱の木製の舟。帆が張ってあり、漕ぎ手が(かい)を漕いでいた。王都からの帰りでしょうね。


「あれは、舟よ」

「フネ?」

「人や物をのせて、川を渡るの」

「ぬれないの?」

「舟から落ちなければ、大丈夫よ」


 私にヒシっと身を寄せる妹。どうやら、舟から落ちるところを想像したようだった。


「大丈夫よ。舟に乗って王都に何度も行ったけど、一度も落ちたことはないわ」

「.....フネにのるの?」


 おそるおそる後ろを振り向き、私を見上げる妹。妹の黒瞳に、私の金髪が映る。


「乗るわよ」


 そう言うと、妹の黒瞳が揺れはじめた。不安なのね。


「おうまさんが、すき」

「大丈夫。馬も舟に乗せてくれるわ」


 妹の整った可愛らしい顔が曇っていく。そうじゃない、と言いたいのでしょう。

 いつもなら、もっと下流まで行って、舟渡しで川を渡っているけど、今日はイゼオから王都まで乗ろうと思う。舟を貸し切るし、長距離移動だから、お金はかかるけど、妹を連れた旅路は、1人で王都に行くのとは違い、思っていたより気を使う。これならマティアスの言う通り、護衛を連れてくれば良かったと思うほど。旅行中のトラブルは、お金で解決だ。


「手を繋いでいてあげるから。それに私は、(みずうみ)の天使さまの加護も受けているわ。だから、大丈夫よ」


 そういうと妹は、安心したようだったが、首を傾げて不思議そうに私を見ると、口を開いた。


「どうしてはじめから、かごを、つかわないの?」

「ありがたみがなくなるでしょ?」


 私の言葉を聞いても、首を傾げたままの妹。天使の加護を得ている人間は少ない。金赤のマントを羽織っているから目立つし、紋章付きだから、すぐにキティス子爵家のものだとわかる。それはなるべく避けたかった。


「イゼオに着いたわよ」


 妹にどう説明するか、悩んだ私は、手っ取り早く話を変えることにした。


--


「....」


 すっかりイゼオの雰囲気に呑まれた妹は、無言でキョロキョロとあたりを見回している。


 ――――あっちゃあ、うっかりしてた。


 そう思っても後の祭りだった。

 イゼオは、イゼオ伯爵家のおひざ元で、王都ホニスの衛生都市。それなりに大きい街で、騎士団も常駐しており治安は良い。メインストリートの家々には、バラの花が飾ってあって、通行人の目を楽しませてくれる。

 そう、メインストリートなら。

 イゼオは、ドライ川に面していて、街を囲むように、Cの字の形をした城壁に囲まれた街だ。普通は道幅が広く整備された街道沿いの道を通って、東門からメインストリートに入る。

 川沿いの荒れた道を進み、渡しまで最短経路をとっていた私は、そのまま北東門から入ってしまっていた。

 別にこのあたりが、とても治安が悪い、というわけではない。地元民なら、よく使うし。ただ....。


「ねぇ、ジュリアおねえさま。あれは、ハタケ?」

 

 妹の小さい指のさす方を見ると、小さな畑があった。

 イチゴやアサツキ、ハーブが植えてある。木綿の服を着たご婦人方が、取れごろのアサツキを収穫していた。


「そうよ」

「ちいさいね」


 わーわー!。何を言うの、この子!

 チラリとご婦人方を見ると、こちらを見ずに黙々と作業を続けている。騎乗しているし、紋章入りのマントを羽織っている。権力で抑えつけたようで申し訳ない。


「キティスの畑と一緒にしてはいけないわ。あれは、このあたりに住んでる人たちが共同で耕している畑よ」

「でも、たりないよ」


 食べる量が足りないという意味ね。


「このあたりに住んでいる方々は、他にお仕事を持っているから、大丈夫なの」

「おしごと....」

「そう」


 このあたりは職人さんが多く住んでいる地域だ。特に、水を多く使う皮なめしや染色の工房、お肉屋さんの解体小屋に洗濯屋さんが多い。そして、こういった方々は....。


「どうして、おしごとがあるのに、ハタケ?」


 ひっ、と声が漏れそうになる。

 こちらが危惧していることをダイレクトにあててくるなんて、勘のいい妹!


「新鮮なお野菜が、食べたいからよ」


 笑みを作ってそう言うと、妹は納得したようだった。

 視界の端で畑作業をしている婦人方が、苦笑(にがわら)いをしているのが見えた。

 本当は、生活するのに充分な賃金が与えられていないから。ああやって、少しでも生活のたしにしているのよね。

 そんなこと、妹に言えるわけなかった。


--


 カッポカッポと馬に揺れながら、渡しに向かって進む。

 お世辞にも綺麗とはいえない路地だし、解体された獣の異臭もキツい。メインストリートなら、馬をひいて歩くが、不慣れな土地で不慣れな妹連れの旅だし、さっさと渡しに移動した方がトラブルが少ない。

 ああ、マティアスのお小言も、たまには当たるんだなぁ!


--

 

 ようやく渡しに着くと、私のマントに隠れていた妹が顔を覗かせる。すぅー、と息を吸い、一言。


「だいじょぶそう」


 ごめんね、不慣れな土地をよく調べもせずに旅しちゃって。

 私一人なら、なんにも問題ない。もっと過酷なところにもいたことあるし。でも、妹にはそういうの、見せたくない。

 妹がマントに隠れていて良かった。妹には見せたくないものも、横たわっていたしね。

 私は前向きに考えると、渡しの方に意識を向けた。


「行くわよ」


 馬から降りて、妹を下ろすと手をひいて、渡しにいる船頭に交渉に行く。

 妹を連れて行くのは、誘拐を警戒してのことだ。


「これは、あなたの舟?」


 30代前半の船頭らしき男性に声をかける。私の声を聞くと、恐れの表情を(やわ)らげ、見下(みくだ)したような目つきをして、口を開いた。


「そうだが、なんのようだ?」


 私を、下卑な目で、上から下まで舐めまわすように見ながら、男は言う。無意識のうちに左手で剣の(つば)に手をかけていた。....危うく斬り殺すところだったわ。

 男は、腰の剣に手をかけたまま、青ざめていた。舟に乗っていた漕ぎ手の若い男も同様だ。

 私は、笑顔を作って言う。


「私とこの子と馬を王都まで、お願いできないかしら?」


 男は、何を言われているか分からないようだったが、やがて、ゆっくり頷いた。


「銀貨4枚払うわ。充分でしょう?」


 返事を待たずに、馬を舟に乗せ始めると、船頭は桟橋に膝をついた。腰が抜けてしまったよう。

 あーあ、護衛を連れてくれば、この男も女だからと見下した態度をとらずに、顔だけは親切そうにして、ちゃんとお話しできて、良い取り引きができたでしょうに、ほんと失敗だわ。

 馬を舟に乗せおわると、漕ぎ手の若い男が、船頭に下知(げじ)をもらうために駆け寄った。

 船頭の男は若い男に声をかけられると、ようやく意識が現実に戻ったようだった。

 

「....俺、生きてるよな?」


 船頭が若い男にそう言うのを聞いて、申し訳なく思う。私もあまりの気持ち悪さに、つい条件反射で殺気を向けてしまった。

 相場の倍の金額を払うし、そのお金でお花屋さんに行って、慰めて貰うといいわ。

 私は妹を、舟にのせると腰掛ける。

 自分の舟に乗っている私達を見て、驚愕する船頭と、それを(なだ)める漕ぎ手の若い男を眺めていると、妹がポツリと(こぼ)した。


「あーあ、ジュリアおねえさまを、おこらせるから」


--


 いつまでたっても出発しないので、ぐずる船頭に声をかけると、舟はすぐに出発した。


「はやいはやい」


 きゃっきゃっと、私の腕の中で、はしゃぐ妹の肩に顔を埋めて、妹分を補給する。

 さっきのあれのせいで、昔のことを思い出してしまった。

 世界で私だけに許された特権を享受するとしよう。

 妹のミルクのように甘い香りが、心地よい。心の傷を癒やして、辛い記憶に(かすみ)をかけてくれる。

 舟は、遠い遠い記憶に、わずかに残るラフティングもかくやと思われるスピードだ。下りだと言うのに、船頭達が(かい)を必死に漕いでいるようだった。

 風景が疾風(はやて)のようにかけていく。

 黄金色の小麦畑も。

 道行く人々も。

 柔らかな日差しも。

 全部、妹のミルクのような甘い香りに包まれていく。

 今日は、旅をするのに本当に良い日―――


「――リアおねえさま、ジュリアおねえさま、みて、しろいおしろ」


 甘い微睡(まどろ)みからさめると、小山の上に(そび)え立つ白亜の城が見えた。

 偉大なる魔導王のおわす、ホニス城だ。


「キレー!。たのしみだね、ジュリアおねえさま」


 世界がはなやぐ。

 運命の歯車がまわり始める。

 誰もかれも、巻き込んで、


「ええ、とっても楽しみね」


 私達の旅は、始まったばかりだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この作品は、初めて書いたオリ創作短編です。

不慣れなところもあるかとは思いますが、ご容赦ください。

高評価等が多いようでしたら、連載版を執筆いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ