田舎のほのぼの村へ降り立つ
気がつけば、春人は柔らかな土の上に横たわっていた。
雨上がりのような湿気をはらんだ空気と、鼻をくすぐる草の香り。
まぶたを開いて周囲を見渡すと、遠くに小さな畑と木造の家がまばらに点在している。
青空が広がり、さわやかな風が吹いてくるが、まるで“スローライフ満喫”を絵に描いたかのような光景だ。
「ここ……すごくのどかだけど、今度はどんな設定なんだ?」
春人が起き上がりながら周囲を見回すと、横にはリリアが腰に手をあてて立ち尽くしていた。
彼女は淡い色合いのワンピースにエプロンを重ねたような姿で、これまでの絢爛なドレス姿と比べるとまるで別人のようだ。
「まったく、さっきまでは悪役令嬢の舞踏会だったのに、今度はこんな質素な村暮らし? さすがに落差がすごいわね」
リリアは額に手をやり、のびをしながら苦笑いする。
視線を移すと、ヴォイドがひげ面の“おっさん”になっていて、太い腕で杖を握っている。
以前の闇公爵風から一転、年配の農夫……いや、少し威厳のある豪傑めいた雰囲気が漂っている。
「ふはは、どうやら“おっさん転生”を押し付けられたらしいな。この姿、妙に渋くて気に入らんでもないが……」
そしてモブ子はブラウスと長めのスカートに、かすかにリボンをつけた控えめな格好をしていて、すっかり農村の少女ふうだ。
だが彼女は帽子を握りしめたまま、落ち着かない様子でそわそわしている。
「私、さっきまで貴族の侍女だったのに、急に村娘になっちゃいました。これ、スローライフ設定ってやつなんですかね……あ、そうだ。配信はどうなるんだろう。私、配信やりたいって言いましたけど、ここでできるのかな」
モブ子が心配げに呟くと、リリアはゆるく首を振る。
「スローライフと配信が同居するってどうなの? まあ作者がそう書いたなら何とかなるのかもしれないけど」
「おれも気になるな。そもそもハーレムとチートもあるって言ってたし、これでのんびりできるのか?」
春人が不安を口にすると、「おおーい!」という声が遠くから聞こえた。
見ると、畑を耕していた男がこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
粗末な服の上からエプロンを巻きつけ、いかにも農作業一筋といった雰囲気だが、表情は異様に明るい。
「やっぱり来てくれましたか、“おっさん勇者さま”! この村でスローライフを送りたいなら、まずは畑のお世話をお願いしたいんですけどね。あと、もし配信とかされるなら、皆で応援しますよ!」
思いきり唐突に“配信”という言葉が出てきて、春人は目を白黒させた。
ヴォイドはというと、当たり前のように“おっさん勇者”と呼ばれたことに唖然とする。
「おっさん勇者? おれが? 確かにおっさんだけど、勇者って何なんだ……」
「ふふん、作者が勝手に決めたんでしょ。この世界の村人はみんなそう認識してるんじゃない?」
リリアが嘲笑気味に言うと、モブ子が「あ、配信ってやっぱり意識されてるんですね。やれるなら嬉しいかも!」ときらきら目を輝かせる。
ここに来て一気に“スローライフ×おっさんチート×配信”が詰め合わされたことを実感させられるが、すでに春人は頭痛をこらえるので精一杯だった。
「うう、どうなるんだか……まあ、いっか。まずは様子を見てみよう」
こうして四人は、ほのぼの田舎の村――しかし裏ではチートと配信とハーレム要素が待ち構えている――へ足を踏み入れる。