ようやく元通り(?)の身体と世界
光が散り、春人は思わず深呼吸をした。
鼻先をくすぐるのは、わずかに湿った草の匂いと、どこか機械的な金属の香り。
「ここは……森? でも少しだけ機械っぽい装置があちこちにあるぞ」
足元を見ると、苔むした地面の上に大小のケーブルのようなものが通っていて、点滅する青い魔法石が何かを動かしているらしい。
春人は慌てて自分の体を確かめた。
「う、腕は太いまま……いや、元の男の体に戻ってるみたいだな。よかった……」
「おいおい、まさか私たち、また妙な世界に来ちゃったのかしら」
リリアがすぐそばで軽く屈伸している。
今度はお姫様風のドレスではなく、白い騎士団長用のプレートアーマーを装備しているらしい。
動きやすそうな鎧に、腰には剣が一本。
「ふむ。騎士団長だって? ずいぶん機能的な鎧ね。でも、デザインは悪くないかも」
「おれは……ふむ、悪くない。今度は“外部勢力のリーダー”とやらになったようだぞ」
ヴォイドが黒い外套をまとって立っている。
鋭い金属板をあしらった肩当てと胸当てが、どこか威圧感を放っているが、魔王のような禍々しさはない。
「敵役ってほどじゃなく、国に反対する軍のリーダーとか、そんな設定かもしれないな。まあ、平和的に交渉できるならそれもいいさ」
モブ子は少し離れた場所で、薄い研究員用の白衣に似た装備をまとい、腕には小さな携帯魔導端末を装着している。
「私、今度は研究員役だそうです。えへへ、地味かもしれないですけど、雑用係よりはだいぶ昇格しましたよね」
「おお、いいじゃん。王国の研究員って響き、ちょっとかっこいいし」
春人はほっと安堵の笑みを浮かべながら、背に回った小さなプレートを確認する。
どうやら“異世界調整者”のバッジらしきものを付けているらしい。
「俺は……メタ的な何かを修正できる存在ってことか。へえ、ちょっと面白そう」
リリアは周囲をぐるりと見回してから、肩をすくめるように声を落とした。
「この世界、剣と魔法が基本みたいだけど、そこかしこにちょっとした魔導技術が溶け込んでるのね。魔力で動く機械やら、伝達装置が並んでるわ」
「確かに。テンプレみたいな中世ファンタジーにしては、少し便利そうな仕掛けがあるな」
ヴォイドが森の中に立つ石碑に触れると、ぼんやりと文字が浮かび上がった。
「おれたちのステータス画面か何かか? ……いや、これは王国周辺の地図みたいだな。どうも作者が作り直してくれたんだろう」
「やっとまともな落とし所って感じがするわ。あんまり設定盛りすぎてないし、だけどちょっとだけ技術がある。ほどよいバランスかもね」
リリアがうなずくと、モブ子はワクワクしたように端末を眺め、「研究員らしく、ここで魔導技術の発展を手伝えそうです」と声を弾ませた。
春人は静かに木漏れ日の下に視線を落とし、「こういう世界なら、ゆっくり冒険できそうだな」としみじみつぶやく。
世界を何度も書き換えさせた末、やっと落ち着いた空気を感じ取った。
「まったく、どれだけ振り回されたんだか……」
そう呟きつつ、春人は目を閉じて深呼吸する。
柔らかな日差しと、魔導装置のかすかな機械音が混ざり合う静けさ。
騎士団長のリリアは誇らしげに剣を握りしめ、外部勢力リーダーのヴォイドは険しい顔をしながらも楽しそうに地図を見ている。
研究員のモブ子は装置の使い方を覚えるため、指先で画面をひたすらタップしている。
「さあ、ここからが本番ってわけかな」