バレンタイン・エッグ
「えっ……?」
楽しみにしていた、「チョコエッグ」の開封。毎月1回、母さんがチョコエッグを買ってくれるので、僕にとって今日という日はとっても特別な日だ。
僕は中学校から帰ってくると……早速、母さんが買っておいてくれたチョコエッグを開封する。だけど……チョコレートのたまごを割った瞬間に出てきたのは、期待していた恐竜のフィギュアじゃなくて。……フワフワした、茶色い何かだった。
「えっと。パッケージは恐竜……だよね?」
うん。どこをどう見ても、恐竜のパッケージだ。なのに、中から出てきたのは……チョコレート色をした、ひよこっぽい生物。もしかして、始祖鳥かなぁ……と思いながら、マジマジと見ていたら。ひよこっぽい何かが、首を傾げてこちらを見ている。
「……まさか、これ……生きているのか……?」
「ピヨッ!」
あっ、生きてる。こいつ、生きてるぞ⁉︎
そうして、僕を親と認識したのか……茶色いひよこは甘えるように、指にすり寄ってくる。なんだろう。心なしかひよこが動く度に、甘いいい匂いが漂う気がした。
***
チョコエッグから生まれたから、「ショコラ」と名付けたけれど。どうやら、ショコラはメスのひよこだったらしい。モリモリと「鶏の餌」を食べて、スクスクと成長した彼女は立派なめんどりへと変貌を遂げていた。ただ……。
「……この子、トサカ以外は全部茶色よね」
「うん、そうだね。産んだ卵も茶色いよ」
こうして、母さんと睨めっこしてみても……ショコラが普通のめんどりなのかは、サッパリ分からない。
大きくなったショコラは毎日1個、茶色い卵を産むようになっていたけれど。ショコラの産んだたまごは、見事にチョコレート色をしていたんだ。
「ふふ、まぁ、いいわ。ショコラちゃんが産んだたまご、とっても美味しいのだもの。今回はホットケーキにしようかしら」
もうもうショコラのたまごに慣れてしまったのか、母さんは陽気に鼻息を漏らしながらキッチンへと戻っていく。
ショコラが産んだたまごは外観が茶色いだけで、中身は普通だった……いや、ちょっと違うかな。母さんが言う通り、ショコラのたまごは普通の卵よりもちょっぴり甘くて、美味しいんだ。母さんは最近、ショコラの産んだたまごでお菓子を作るのにハマっている。
「なぁ、ショコラ。お前……普通のニワトリなんだよな?」
「ココッ?」
リビングに置かれた座布団の上で、ショコラが首を傾げているけれど。彼女は僕と目が合うと、何食わぬ顔でトコトコと寄ってくる。そうして……。
「ココッ! ココッ!」
「あっ、抱っこ?」
「コココッ!」
足元でぴょんぴょんと、何かをねだるように跳ねるショコラ。そんな彼女を僕はたまらず抱き上げて、膝に乗せてみれば。体を丸く膨らませ、ショコラは嬉しそうにふくふくとお座りをする。小さなトサカや喉の下を撫でると、気持ちよさそうに目を細めているのが、とにかく愛らしい。
「……まぁ、なんだっていいか。可愛いのには、違いないんだし」
「ココッ!」
飼ってみて、気づいたけど。ニワトリって、意外と表情豊かで可愛いんだな。
***
「ただいま〜」
ショコラがやってきてから、早2年。今日は奇しくも、バレンタインデーという日だった。
正直なところ、バレンタインデーはあまり好きじゃない。チョコレートを貰えないから……じゃなくて、逆だ。チョコレートを持たされ過ぎるので、持ち帰るのと、処理に苦労するからちょっと嫌いなんだ。
こんな事を言うと、顰蹙を買いそうだけど。僕はどうやら、ほんの少しモテるらしい。もちろん、チョコレートは好きだけど……何事にも、限度はある。こんなに沢山食べたら、虫歯になっちゃうじゃないか。それに……お返しにも気を遣わなければいけないから、最近は面倒臭い方が大きい。
「ココッ! ココッ!」
「ただいま、ショコラ」
「……! コココココォォッ!」
「え、えっと……どうしたの? 何をそんなに荒ぶっているの?」
いつもののんびりしたショコラからは想像もできない、激しい声に、激しい羽ばたき。うーんと……どうしたんだろう? 元気がないわけじゃなさそうだけど……。
「コココッ! ココッ⁉︎」
「うわっ! ちょ、ちょっと、ショコラ!」
「ココココッ!」
……よく分からないけれど、ショコラは僕が下げている紙袋を目の敵にしている。嘴で突いたり、キックを入れたりと、やりたい放題だ。
「これが気に入らないのかな……」
とにかく、袋に穴を開けられる前に運ばなきゃ。廊下でも続くショコラの猛攻撃から、紙袋を庇いつつ……ようやくリビングにたどり着くけれど。テーブルにドサリと戦利品を置いたところで、ショコラが意味ありげな視線で、自分の寝床と僕の顔とを、チラチラと見比べている。
「あっ、今日もたまごを産んでくれたんだな」
「ココッ!」
「偉いぞ。母さんもきっと、大喜び……」
「コココココッ‼︎ ココココォッ⁉︎」
「いや、だから! さっきからどうしたんだよ、ショコラ……」
母さんがたまごを楽しみにしているのは、知っているだろうに。なぜか、今日のショコラは荒ぶりに、荒ぶっている。そうして、何気なくショコラのたまごを摘み上げるけれど……。
「……あれ? なんだか……いつもより、重たい気がする……」
「コケッ!」
見た目はいつもの茶色いたまごだけど。今日のそれはズッシリとしている。しかも、妙に硬いような……?
「……!」
いても立ってもいられず、コンコンとたまごを割ってみれば。……その中から出てきたのは、これまた茶色いたまごらしき物体。だけど、そのたまごはとっても甘い、いい香りがしていて……。
「もしかして……チョコエッグ?」
「コッコッコ〜!」
大正解。ショコラはそう言いたげに、胸を張っている。しかも……チョコレートの中には、しっかりとカプセルまで入っているじゃないか。
「これ……僕が欲しかったティラノサウルス……」
「コケコケっ!」
……僕にはもう、何がどうなっているのか分からない。チョコエッグから生まれたショコラがバレンタインデーに生んだのは、ティラノサウルスが入ったチョコエッグ……。とにかく、謎すぎる。
「ココッ……ココッ……」
「……ショコラ、何をモジモジしているの」
「クフッ……!」
うん……これは多分、恋する乙女ってヤツだ。ショコラがバレンタインデーを知っているのかは、やっぱり分からないけれど。このチョコエッグはもしかしたら、彼女の「本命チョコ」なのかも知れない。
「……それで、他のチョコレートを目の敵にしてたのかな……」
2年越しに手に入れた、ティラノサウルスを手のひらに乗せて。僕はただ、足元で照れているショコラを見つめるものの。……ますます、ショコラが普通のニワトリなのかが分からなくなった気がする。
「でも……まぁ、いっか。ショコラが来てから、毎日が楽しいのは間違いないんだし」
「コケッ! コココッ!」
細かいことを気にしたって、仕方ない。ショコラが普通かどうかなんて、関係ない程に……僕の生活は、甘い香りにドップリ包まれている。ちょっぴりスイートで、ちょっぴりヘンテコで。そんな関係が、これからも続きますように。
僕はショコラとティラノサウルスとを見比べて、思わず微笑んでいた。