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第8話

 さくらが部室を飛び出していってしまってから、部室内は通夜のような雰囲気になってしまった。

 誰も声を出さずただ黙々とそれぞれの宿題や読書、勉強に時間を費やしていた。

 俺が悪いんじゃないか。そんな後ろめたさを感じていた時、

「ちょっと真柴くん、ええ?」

 土屋さんが席を立って俺を外に連れ出そうとする。

「あ……はい」

 なんか嫌な感じだ。

 説教でもされるのだろうか。

 部室を出て人通りのない旧部室棟の入り口付近まで来ると土屋さんは立ち止まった。

 そして振り返り俺に目線を合わせる。

 俺は自分より頭二つ分は小さい先輩に少し緊張していると、

「あんなぁ、この世界に超能力者はおるんやで」

 真顔でそう言った。

「え……そう、ですか?」

 何を言われるのかと思えばまたそういう話か。

 もういいよ、土屋さん。

「信じてへんやろ?」

 背伸びをして子どもみたいな小さな顔を近づけてくる。

「はい、正直信じてないです。すいません」

「謝らんでもええよ。ただ真柴くんには本当のことを知っておいてほしいねん」

「さくらが超能力者だっていうことですか?」

「それもあるけどうちがさっき言ったこと。この世界には本当に超能力者がおるいうことや」

 勘弁してくださいよ、土屋さん。

 俺はバカだけど常識はある。

 文芸部を辞めよう。俺はこの時本気でそう思った。

 ……このあとの土屋さんの言動を見るまでは。

 土屋さんは周りに誰もいないことを確認すると落ちていた木の枝を拾って、

「実はな……うちも超能力者やねん」

 木の枝を宙に浮かせてみせた。

 っ!?

「種も仕掛けもあらへんよ。調べてもええで」

 俺は木の枝の周りを手で確認する。何度もぐるりとしてみるが糸のような物はどこにもない。

「触ってみてもええよ」

 土屋さんの言葉を受けて木の枝を掴んでみる。がやはり何もない。ただの木の枝だ。

「……どういうことですか?」

「言ったやろ。うちも超能力者や」

 ドヤ顔で大きな胸を張る。

「とは言うても、さくらちゃんみたいにこの季節に桜の木を満開にするいうことは出来へんねんけどなあ」

 土屋さんは「あれはほんまにすごいで、いやほんまに」と何度もうなずく。

「じゃあ……土屋さんもさくらもマジの超能力者なんですか?」

「ほんまやよ」

 可愛らしく微笑んだ。

「うちは超能力は人助けのために使うべきやと考えてるねん。せやからさくらちゃんみたいなすごい力の持ち主には、自分の利益のために超能力は使うてほしくはないねんな」

「はあ」

 俺は情けない相槌を打つ。

「うちはさくらちゃんの監視もかねて文芸部に誘ったんやけど、昨日真柴くんが言うたことさくらちゃん真に受けてもうたやろ。自分のために力使うたらええって」

「俺そんなこと言いましたかね」

「言うてたで」

 その場を乗り切るために適当言ってただけだからなぁ。よく覚えていない。

「せやからさくらちゃんにそんな力の使い方は間違うてるって言うてくれへんかな。人助けに使うべきやって」

「俺が言うんですか? 土屋さんが直接言った方がいいんじゃないですかね」

「ううん。さくらちゃん真柴くんの言うことなら聞くと思うねん。それについでにさっきのことも謝ったらええやん。な?」

 小さい子どもを説得するように優しく言い聞かす土屋さん。

 雨が降ったのも桜が咲いたのもたまたまかもしれない。

 木の枝が浮いたのも手品かもしれない。

 いまだに信じられない部分はある。

 ……だが。

「わかりました。さくらにはこれから電話してみます」

「ほんま? ありがとうな、真柴くん」

 小さな手で俺の手をぎゅっと握る土屋さん。

 は~……先輩には逆らえないな。

「部室で待ってるで~」と手を振る土屋さんを見送ると俺はさくらに電話をかけた。

 ……。

 ……。

 ……。

 呼び出し音は鳴るが電話には出ない。

 気付いてないのか、それとも気付いてはいるが出ないのか。

 仕方ない、もう少ししたらまたかけてみるか。

 俺は部室に戻ろうときびすを返した。

 すると、

「おわっ!?」

 目の前に無言で高橋が立っていた。

「なんだよっ、びっくりさせるなよ」

 てっきり眼鏡をかけた座敷童かと思ったぞ。

「……びっくりしたの? ごめんなさい」

 眉一つ動かさずに喋り出す。

「いや、俺も変な声出して悪かった。それで何してるんだ? こんなとこで」

「……あなたに大事な話があって来た」

 と高橋が言う。

「大事な話って?」

 まさかこのタイミングで愛の告白……なわけないか。

「……わたしには――」

 高橋は驚くべきことを口にした。

「……わたしには超能力があるの」


 ……今、こいつはなんて言った?

 言葉は聞こえていたはずだが理解が追いつかない。

 そんな俺の様子を察したのか高橋は、

「……わたしには超能力があるの」

 同じことを二度言った。

「超能力ってお前……?」

「……見てて」

 そう言うと高橋は落ちていた木の枝を拾い上げた。さっき土屋さんが宙に浮かした枝だ。

 そして俺の右手を取ると枝を俺の手のひらの上に置いた。

 高橋の手って結構冷たいんだな。

 そんなことを思った次の瞬間、

 ぼわっ。

「あちっ!」

 木の枝が一瞬ですべて燃え上がり、炭になってぱらぱらと落ちた。

 俺は右手をぶるんぶるんと大きく振った。

「あっちー……なんだったんだ今のは?」

「……超能力」

「手品……じゃないんだよな?」

「……手品じゃない。超能力」

 顔色一つ変えず平然と言う高橋。

 手品で今のと似たようなものを見たことがあるがこれはレベルが違う。

 一瞬で木の枝が消し炭になってしまった。

「……あなたには知っておいてほしかった。この世界には本物の超能力者がいることを」

「さくらもそうだって言いたいのか?」

「……そう。彼女はわたしの比ではない力を持っている」

 ここまでは土屋さんと似たようなことを言っているな。

「……でも超能力は本来使うべきではない。使うと世界にひずみが生まれるから」

「お前ついさっき使ったばかりだろうが」

「……あなたに信じてもらうために仕方なく使っただけ」

 高橋は眼鏡をくいっと上げる。

「それで、俺はお前とさくらが超能力者だと信じてやればいいのか?」

「……さくらに超能力は危険なものだと伝えてほしい」

 また面倒なことを。

「お前が直接言えばいいだろ」

「……昨日と今日のあなたたちを見てあなたがふさわしいと思った」

「なんだそりゃ」

 土屋さんも高橋も俺を買いかぶりすぎだ。

 さくらは俺の言うことなんて聞きゃあしないだろう。

 実際今だって俺の電話には出ようともしないのだから。

「とりあえずさくらには電話するつもりだったからするけど、今の話約束は出来ないぞ」

 土屋さんとの約束もあるからな。

「……あなたが憶えていてくれていればそれでいい」

 そう言うと高橋はくるりと向き直り俺を置いて一人部室の方へと歩き出した。

「あっ、おい待てよ、俺も行くって」


 それから部活中も何度か席を外し電話をかけてみたのだが、さくらが出る気配はまるでない。

 折り返しの電話も、もちろんない。

「大丈夫ですよ。きっと家で寝ているんだと思います」

 と流星が言う。

「そうか? それならいいが」

 というかよくよく考えると、なぜ俺が後輩の女子生徒の機嫌をうかがわないといけないんだ。

 そう思ったら面倒くさくなってきたぞ。

「そろそろ六時やし、今日の部活はこのへんにしよか」

 土屋さんが口にすると、各自教科書や文庫本をカバンの中にしまい込み部室を出ていく。

 俺もみんなにならって部室を出た。

 部室の鍵は一年である流星の担当なので、みんなが出た後に部室の鍵を閉める。

 それを確認して部長の土屋さんが、

「ほな、いこか」

 先頭を歩き出した。

 旧部室棟から渡り廊下までを四人で談笑しながら進み……とは言っても高橋は終始無言だったのだが……校舎に入ったところで、

「鍵は僕が職員室に持っていくので、みなさんは先に帰ってください」

 と流星が言う。

「いつもありがとうな~。それじゃあまた明日な」

「……さようなら」

 土屋さんと高橋は俺と流星に手を振ると、それぞれ三年と二年の下駄箱に向かった。

 俺も帰るか……。

 流星に「悪い。俺も先帰るな」と軽く手を上げ高橋のあとを追った。

 同じ二年だから下駄箱も同じ場所にあるのだ。

「おーい高橋待ってくれ、途中まで一緒に帰ろう」

 高橋の背中に声をかけると高橋はその場にぴたっと立ち止まった。

 そしておれが隣に追いつくとまた歩き出した。

 廊下を歩きながら、

「なあ、もう一回だけ超能力を見せてくれないか?」

 高橋を見下ろして言う。

「……駄目」

「世界にひずみが出るからか?」

「……そう」

 カロリーをほとんど消費せず返答する。

「それって具体的にどうなるんだ? よくわからないんだが」

「……詳しくは言えない」

 そう言ったっきり高橋は何を質問してもうんともすんとも言わなくなってしまった。

 何かまずいことでも訊いてしまったのだろうか。

 階段を下り、二年の下駄箱に着くと、高橋は淡々と上靴を脱ぐ。

 そして運動靴に履き替えると俺をじっとみつめてきた。どうやら俺が靴を履き替えるのを待ってくれているらしい。

 やっぱり変わった奴だ。

 高橋は自転車通学だったようで駐輪場のそばまで来ると「……じゃあ」とだけつぶやきヘルメットを被った。

「ああ、また明日な」

 俺は高橋と別れ校門を出た。

 暗い夜道を一人歩く。六時を過ぎると外はもう真っ暗だ。

「土屋さん一人で大丈夫かな……高橋もだけど」

 可愛らしい先輩のことが頭をよぎった。

 変質者から見たら土屋さんは恰好の的なんじゃないだろうか……。

 いや、土屋さんにも高橋にも超能力があるんだったっけ。

 たとえ変質者が現れても、浮かしたり燃やしたり出来るのかもな。

 そんなことを考えているとポケットの中のスマホが鳴った。

 やっとさくらから折り返しの電話がかかってきた。

 そう思い、俺は急いでスマホを取り出すが、画面に出ていたのは天馬さくらではなく天馬流星の文字。

 さっき別れたばかりだろ。

 何を話すことがあるんだ?

「もしもし、どうした? 流星」

『もしもし真柴先輩ですか? どうやら姉さんが家出したみたいです』

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