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第6話

 職員室に着くと「失礼します」と慣れた様子で入っていく流星。

 その後ろを「失礼します」と俺はついて歩く。

「教頭先生、文芸部の部費をもらいたいのですが」

 流星は近くに座っていた頭が禿げ上がった男の先生に話しかけた。

 教頭先生らしいな。

「うん? おお、天馬弟か、ちょっと待ってろ……」

 そう言って教頭先生は机の一番大きな引き出しを開けると中をまさぐる。

「お前たち部に昇格したんだったな、おめでとう」

「ありがとうございます。こちらの真柴先輩のおかげなんです」

「そうか。文芸部をしっかり見守ってくれよ真柴」

 見上げながら俺の腕をばしっと強めに叩く教頭先生。

「はぁ」と俺は返しておく。

「ほら、これが文芸部の部費だ。大事に使うんだぞ」

「はい。ありがとうございます。では失礼します」

「どうも」

 俺たちは部費を受け取ると教頭先生に礼を言い職員室を出た。

 今度は購買へと向かう。

「文芸部には顧問の先生はいないんですよ」

 と流星。

「だから教頭先生が顧問の代わりというか、何かあると教頭先生に相談しているんです」

「へー、そうなのか」

 だから妙に親し気だったんだな。

「ちなみに文芸部の鍵は職員室を入ってすぐ右の壁に掛かっていますから、もし文芸部に誰もいない時はそこから鍵を持っていってください。まあ、いつもは一年の僕が鍵の開け閉めをするので大丈夫ですけどね」

「わかったよ」

 一応頭の片隅にでも入れておくか。

 購買に近付いたところで、

「ほらっ、まだやってますよ真柴先輩」

 流星が声を上げる。

 俺を置いてどたどたと購買に駆け寄っていく流星。

 よっぽど腹が減っていたんだな。

 購買の前で少し悩む様子を見せた後、

「おばさん、コロッケパンと焼きそばパンとクリームパンを二つずつくださいっ」

「はいよ。流星くん今日は来なかったから休みだと思ってたよ」

「どうもすみません」

 大量のパンを買い込む。

 俺も追いついて購買のおばさんに声をかけた。

「カレーパン一つください」

「はいよ、カレーパンね」

「どうも」

 カレーパンを受け取り金を払う。

 購買をあとにして文芸部室へと戻る道すがら、流星はこの瞬間を待ってましたと言わんばかりに袋から取り出したコロッケパンにかじりつく。

「真柴先輩はカレーパン一つでよかったんですか?」

「あ~これは俺のじゃなくて母さんに持って帰るために買ったんだ」

「そうなんですか。真柴先輩はお腹減ってないんですか?」

「俺は大丈夫。気にしないで食べてくれ」

「すみません」

 そう言うと今度は袋から焼きそばパンを取り出した。

いつの間にやら、流星はコロッケパンをすでに平らげてしまっていたようだった。


「おっそーいっ!」

 部室に入るやいなや丸めたハンカチが俺の顔めがけて飛んできた。

「うおっ!?」

 俺はそれをすんでのところでかわす。

「何するんだよ、いきなり」

「避けたんだからいいじゃない。それよりあたしのハンカチ拾ってちょうだい」

 いつも通りの暴君ぶりをみせつけるさくら。

「まったく……お前友達いないだろ」

 俺は仕方なくさくらのハンカチを拾ってやる。

「あたしの言うことを信じない友達なんてこっちから願い下げだわ。そんなことより部費もらってくるだけなのになんでこんなに遅いのよ!」

「あっそれは姉さん、僕が――」

「流星は黙ってて」

 ぴしゃりと言い放つ。

「良太、その袋何よ?」

「ん、これか? これは購買のカレーパンだ」

 俺は袋を開けて中を見せた。

「購買のカレーパン!? あたしたちが必死に頭悩ませている間あんたは購買に行ってカレーパンを買ってたわけ!?」

「そうだよ悪いか」

「悪いかですって? 悪いに決まってるじゃない。良太、あんたはもう文芸部の一員なのよ。文芸部員としての責任と義務があるのよっ」

「はいはい、わかったよ」

 責任だの義務だのはまるでわからないが、とりあえず俺はパイプ椅子に腰掛けた。

「姉さん、購買に行こうって言い出したのは僕なんだよ。だから真柴先輩は悪くないんだって」

「あんたもあんたよ。あんたはそんなだからぶくぶく太るのよ」

「姉さんだって家ではお菓子とかたくさん食べてるじゃないか」

「なっ!? あ、あたしのことはいいのよっ。それにあたしはちゃんと運動してるからあんたと違って贅肉にはなってないわっ」

 ホワイトボードの前ででこぼこな姉弟が言い合っている。

 ちなみにそのホワイトボードには超能力の有意義な使い方。その一、人助けとだけ書かれていた。

「すいません、寄り道してきちゃって……」

 俺は前に座る土屋さんに頭を下げた。

「ええよええよ、うちらも話が進んでなかったとこやし」

 笑顔で返してくれる。

 さくらとは大違いだ。大人の女性の余裕を感じさせる。

「はいっ。じゃあ再開するわよ。議題は引き続きあたしの超能力の有意義な使い方についてよ」

 手をぱんと叩き俺たちを注目させるさくら。

 流星はパンの入った袋を抱えて土屋さんの後ろを通り、いそいそと自分の席へつく。

「じゃあ、まずは良太から」

 さくらはびしっと俺を指差した。

「え、俺? う~ん、そうだなぁ……」

 正直さくらの超能力を信じていない俺にとって、この時間は無駄以外の何物でもないのだが、そんなことを言ったらこいつは口やかましく俺につっかかってくるに違いない。

 俺はさっさとこの無益な会議を終わらせて宿題に取りかかりたいのだ。

 俺は考えるふりをしながら頬杖をつき横を見た。

 高橋が文庫本のページを何度も繰り返しぱらぱらとめくっている。

 速読の練習でもしているのだろうか。

 無表情だから何を考えているのかわからない。

 高橋、俺を一番に文芸部に誘ったのはお前なんだぞ、少しは俺のフォローをしてくれてもいいんじゃないか。

「早く早くっ」

 わくわくした様子で俺の言葉を待っているさくら。

 下手なことは言えないな。

「……自分のために使ったらどうだ?」

「何それ、どういうことよ」

「せっかく超能力があるんだろ。だったら人生を面白おかしく生きるために使ったらいいんじゃないか」

「でもそんなことしたら罰が当たらないかしら」

「大丈夫だろ。神様だってお前を選んだんだからあとはお前の自由にしていいと思うぞ」

 と適当言ってみる。

「それはどうなんやろか真柴くん、神様もさくらちゃんに人助けをしてもらいたくて力を授けたんとちゃうかなぁ」

 土屋さんが反論する。

 ちょっとちょっと俺の言うことを真に受けないでくださいよ、土屋さん。

 俺はこの場を乗り切るために適当言ってるだけなんですから。

 するとさっきからずっと黙って文庫本をぱらぱらやっていた高橋が急に立ち上がり、

「……この世界の調和を守るためにも、そもそも超能力は使うべきではない」

 と意見を述べた。

 おいおい、お前まで何をむきになっているんだ。

 初めて長々と喋ったと思ったらそもそも超能力は使うべきじゃないだって。

 いいか高橋、そもそも超能力なんてものはこの世にはないんだよ。

 流星もなんだか不安な顔をして俺とさくらの顔を交互に見ているし。

 大丈夫かこの部は……。

 みんな目を覚ませ。

 何度も言うが、俺はこの場を乗り切るために適当言っただけなんだぞ。

 だが思いのほか俺の言葉はさくらには刺さっていたらしく「あたしの自由か……」と反芻するように一人小さくつぶやいていた。


 俺の初めての文芸部での活動は、さくらの超能力をどう有意義に使うかを話し合うことだった。

 もちろん結論は出ることもなく、そのせいで結局宿題は部活の時間内には片付かず、俺は家に持ち帰る羽目になった。

 自宅の前まで来ると部屋の中に明かりがついている。

 もう母さんは帰ってきているのか……。

 俺は「ただいまー」と玄関のドアを開ける。

 返事がないので中まで入っていくと、母さんはキッチンに立って料理をしていた。

「あら、おかえり良太。遅かったのね」

「ああ。部活に入ったからな。これからは多分毎日これくらいになると思う」

「そうなの。だったら母さんももっと料理勉強して毎日夕飯作ろうかしら。母さん部署移ったから五時には帰れるようになったのよ」

 と言う。

 うちは母子家庭だが、母さんは外資系の大企業に勤めているので生活に不自由はしていない。

 ただその代わり、帰りがいつも六時を過ぎていたので夕飯は弁当で済ますことが多かった。

「無理しなくていいよ。俺弁当とかピザとか好きだから」

「でもお昼もパンでしょ。朝もパンだし夕飯くらいは手料理がいいでしょ」

「うーん。じゃあ無理しない程度でいいから頼むよ」

「わかったわ」

 母さんはテーブルに皿を並べていく。

「あっそうだ。パンで思い出した」

 俺はカバンからカレーパンの入った袋を取り出す。

「なんなのそれ?」

「購買のカレーパンだよ。母さん食べてみたいって言ってただろ」

「あら本当!? ありがとう良太」

 そう言いながらハグをしてくる母さん。

 恥ずかしいから家の中はともかく外では絶対にやってほしくはない。

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