第5話
天馬さくらの超能力者発言から三日後の月曜日の朝。
俺は重い足取りで学校への道のりを歩いていた。
三日前の豪雨の影響で道路のあちらこちらに水たまりがある。
俺はそれらを踏まないように避けながら三日前の出来事を振り返った。
それにしてもあれはなんだったんだろうな。
さくらが雨を降らすと言ったら本当に雨が降ってきたことには正直驚いた。
雲一つない快晴だったのに急に豪雨になったからだ。
うーん、まさかだけどあいつの言うように本当にさくらには超能力があるのだろうか。
はっ、いやいやそんなことあるわけないよな。
俺は変な考えを頭から振り払う。
雨が突然降ったのは偶然に決まっている。可能性としてはなくはない。
もしくはあらかじめ天気予報を見ていて、降る時間を計算していたのかもしれない。
うん。きっとそうだ。
だが文芸部の部員は揃いも揃って、さくらが超能力者だと思い込んでいるようだ。
それが困る。
双子の弟の流星はともかく、部長の土屋さんや文学眼鏡少女の高橋までが、さくらが超能力を使えると信じて疑っていない。
それでなくても部員たちの個性の強さは多少気になっていたのにな。
「はぁ~。妙な部に入っちゃったな~……」
すると後方から凛とした声が聞こえた。
「真柴くんおはよう」
「……おう、高木さん。おはよう」
クラスのマドンナの高木さんだ。
「どうしたの? なんか元気ないね」
駆け寄ってきた高木さんは俺の顔を下から覗きこむように訊いてくる。
「いや、実は俺……文芸部に入ったんだ」
「えっ!? あの文芸部に入っちゃったの!?」
「ああ。高木さんも織田も入らない方がいいって忠告してくれてたのに聞かなくて悪かったな」
「ううん、それは別にいいんだけど……おかしなことされてない? 大丈夫?」
俺を気遣ってくれる優しい高木さん。
「しいて言えば天馬姉弟の姉の方が自分は超能力者だって言い出したことかな」
「あ~、やっぱり」
と高木さん。
「あの子すごく頭がいいみたいで、新入生代表として全校集会でステージに上がったんだけど、突然校長先生からマイクを奪って、自分は超能力者です、なんて言い出したから先生たちに体育館から連れ出されたのよ」
校長相手にまたすごい暴挙をしたもんだな。
高木さんは続ける。
「それまではものすごくきれいな子が一年に入ってきたってすごい話題だったんだけど、その日から誰も彼女のことを口にしなくなったの」
「そんなことがあったのか。ちなみにその時は本当に超能力を使ってみせたりしたのか?」
「うんまあ、隕石を落としてみせるって言ってたけど……」
「それで落ちたのか?」
「ううん」
高木さんは首を横に振った。
そりゃそうだよな。隕石なんてどうやったって落とせるわけがない。
やはりさくらは超能力が使えると思い込んでいるだけの一般人に過ぎないわけだ。
「だから彼女も彼女の弟くんも学校で浮いちゃって……そんな時、廃部寸前だった文芸部が二人を迎え入れたみたいなの」
「ふ~ん、まあそうなるか」
俺だってもし同じクラスに自分は超能力者だ、なんて本気で言ってる奴がいたら距離を置くもんな。
「真柴くん、今からでも部活変えさせてもらったら? まだ間に合うんじゃない?」
心配してくれるが、
「いや、いいよ。クラスで浮く気持ちは俺もわからなくはないから。一度入ったからには最後まで付き合ってやるさ」
俺も転校初日は不安だったし、今だって織田や高木さんがいなかったらクラスで一人寂しく昼飯を食べる羽目になっていたかもしれないんだ。
「そう。真柴くんて優しいんだね」
何を言うのかと思えばそれはこっちのセリフだぞ、高木さん。
小学生の時は、隣に住む一個上で中学生の美沙さんを大人だなぁと思っていたし、中学生の時は、高校生の美沙さんを大人だなぁと思っていた。
だが実際に自分が高校生になってみると、高校生なんて大人でもなんでもないことに気付く。
高木さんに大きく出た手前おおっぴらには言えないが、俺は文芸部に嫌気がさしていた。
自分のことを超能力者だと思い込んでいる自分勝手な後輩とそいつを支持する部員たち。
俺はこいつらと最後まで付き合うと宣言したその日の放課後から、すでに前言撤回したい気分になっている。
高校生なんてやはりまだまだ子どもだ。
「あたしの超能力は有意義なことに使うべきだと思うのよ。ね、そうでしょ?」
さくらはホワイトボードの前に立ち、俺たちに演説をかましていた。
モデルのようなスタイルを見せつけるかのように腰に手を当て、背筋をぴんと伸ばしている。
「そうだね。姉さんの力は大いなる目的達成のためにあるんだと思うよ」
さくらを助長させている原因の一人でもある双子の弟の流星が口を開いた。
「だからこの前みたいに力があることを見せつけるために大雨を降らせたりするのは僕はよくないと思うな」
「あの時は仕方がなかったのよ。良太があたしのことを信じようとしなかったんだもの」
とさくらが返す。
良太っていうのは俺のことだ。
さくらは後輩のくせに俺のことを名前で呼び捨てにしている。
二度三度注意してみたのだが無駄だったので今は完全に放置状態だ。
「うちは人助けに使うのがええと思うなぁ」
可愛らしく手を上げて言うのは三年生で部長の土屋さんだ。
小柄な体に似合わずグラビアアイドルのようなプロポーションをしている。
転校が多かったせいか、多少変な喋り方なのはご愛嬌。
「さすがみどり、いいこと言うわね。あたしもそう言おうと思っていたのよ」
さっきからまるで部長のように振る舞っているさくらは土屋さんに対しても敬語は一切使わない。
ある意味一本筋の通った奴だが、先生相手にはどうしているんだろうな。少しだけ気になる。
「美帆はどう思う?」
さくらが隅っこで一人文庫本を読んでいる高橋に話を振った。
高橋は眼鏡をかけていて文学少女然とした雰囲気のある寡黙な女子生徒で、俺と同学年の二年生だ。
訊かれた高橋は、ぱたんと本を閉じるとさくらを見上げた。
そして、
「……どうでもいい」
口を小さく動かす。
正直俺もまったくの同意見だ。
「どうでもいいって何よ。美帆もちゃんと考えてよね」
「……それより部費はどうなったの?」
今度は逆に高橋が訊いた。
「部費? あっ、そうよ部費よ! みどり、部費ってどうなったの?」
「毎月一日に支給されるらしいで」
「それって今日じゃないのっ。もう部に昇格したんだからあたしたちも部費もらえるはずよねっ?」
「そうやと思うけど……」
「じゃあ良太、職員室に行って文芸部の部費もらってきてちょうだいっ」
俺の顔を見ながら当たり前のように言うさくら。
俺は宿題をする手を止める。
「なんで俺が行かなきゃいけないんだよ。お前が行けばいいだろ」
「あんたは部費もらってくる係でしょ」
「そんな係ねえよ」
「あたしは今議事進行で手が離せないんだから行ってきてよ良太」
「お前は俺の母親かよ」
良太良太呼び捨てにしやがって。
「まあまあ真柴先輩。僕もついていくので一緒に行きましょう」
そう言って席を立ったのは流星だ。
少々太っているので、土屋さんの後ろを通る時にお腹を壁にこすらせながら俺の方へと歩み出てきた。
流星は俺の耳元で、
「姉さんがいては宿題もはかどらないでしょう。部費がもらえれば姉さんもおとなしくなりますから。それに姉さんは真柴先輩を信頼しているから部費を任せようとしているんですよ」
そうささやいた。
後半はともかく前半は確かにその通りだ。
なので、俺は流星の口車に乗ってやることにした。
職員室へと向かう廊下で俺は流星に話しかける。
「お前、いつもこうやってさくらのフォローしてやってるのか?」
「姉さんは誤解されやすい性格ですからね。僕が手助けしてやらないと駄目なんですよ」
と流星は言う。
誤解ねぇ……。
こいつに友達がいないのはさくらのせいなんじゃないだろうか。
隣を歩く流星を見て思う。
「真柴先輩、お腹すきませんか?」
唐突に流星が俺を見上げ言った。
「いや、全然」
昼飯を食べ終えてからまだ三時間くらいしか経っていないからすいてはいない。
だが流星は出っ張った腹をさすりながら、
「僕今日のお昼食べ損ねちゃって、部室に戻る前に購買に寄ってもいいですか?」
と訊いてくる。
「ああ、別にいいけど……購買なんてまだやってるのか? もう四時だぞ」
「大丈夫です。うちの購買は放課後も開いていますから」
「へー」
知らなかった。
だったら俺も母さん用にカレーパンを買っておくか。一度食べてみたいと言っていたからな。




