第4話
そして次の日の放課後。
「やはり行くのでござるか? 真柴氏」
「ああ。お前は文芸部には入らない方がいいって言ってくれただろ。でもお前が言うほど文芸部は悪くないんじゃないかと思ってさ」
今日は部活見学最終日。
もう一度だけ文芸部を見学させてもらってから決めようと思っている。
「真柴氏、この際だからもうはっきり言うでござるが文芸部には天馬姉弟という一年生の双子の姉と弟がいるのでござる。それがまた少々変わり者なのでござるよ」
「お前が言うか」というつっこみはしないでおく。
「多分天馬の姉の方なら昨日会ったぞ。すごい美人な奴だろ」
「まあそういう声もあるでござるな。拙者は興味ないでござるが」
「ちょっと普通とは違ったけど悪い奴ではなさそうだったぞ」
初対面の俺のことを心配して起こしてくれたしな。
「う~む、そうでござるか。直接会った真柴氏がそう言うのならば拙者がとやかく言うことではござらんな」
「じゃあそういうわけだから見学に行ってくるわ」
織田にそう言い残して俺は教室をあとにした。
渡り廊下を通り旧部室棟へと歩みを進め、文芸部室の前へやってきた俺はドアを三回ノックした。
トントントン。
「……」
だが返事はない。
あれ……早く来過ぎたかな。
俺がドアノブに手をかけようとしたその時、
「鍵かかってますよ」
背後から声がした。
振り向くと小太りの男子生徒が気配を感じさせずに俺の真後ろに立っていた。
「うおっ!?」
思わず声が出る。
男子生徒はそんな俺を見てにっこりと微笑んだ。
見えているのかと心配になるくらい目が細まる。
「職員室から持ってきましたよ、鍵」
そう言った男子生徒は、右手の親指と人差し指でつまむようにして持っていた鍵を鍵穴に差し込むと、文芸部室のドアを開けた。
「さあどうぞ、入ってください」
「入っていいのか?」
「はい、もちろん」
俺の素性も確かめず部室の中へと招き入れる。
男子生徒はパイプ椅子にどすんと腰を下ろすと、
「真柴先輩も適当なところに座ってください」
と手のひらをくるりと見せた。
「ん、俺のこと知ってるのか?」
訊きながら俺もパイプ椅子に座る。
「はい、姉に聞きましたから。あ、僕は双子の弟の天馬流星です」
「あー、天馬の弟なのかお前……へー」
双子なのに全然似てないのな。
「あ、もしかして双子なのに全然似てないとか思いました?」
「え、いや別に全然」
俺は表情を読まれないように真顔で首を横に振る。
「いいんですよ、みんな言ってますから。美人の姉とは大違いだって」
遠くをみつめる流星。
何かを悟ったような顔をしていた。
「そんな声気にするなよ、似てない双子なんて山ほどいるさ。お前んとこは二卵性なんだろ」
「一卵性です」
……フォローしようとしたのだがかえって失敗した。
……。
気まずいこの空間をなんとかしようと俺は無理矢理口を開く。
「あのさ、ほら、この部って部員が四人しかいないって聞いたんだけど本当なのか?」
「姉さんにつられて入る男子がいないのが不思議って言いたいんですか?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」
「みんな僕を避けているんじゃないですかね。僕友達一人もいませんし」
悲しいことを平然と言ってのける流星。
「流星って名前も完全に名前負けしてますよね、ふふっ」
と目を細めながら言う。
卑屈なんだか完全に吹っ切れているのだがよくわからない奴だ。
話題を替えよう。
「今日は他の部員はいないのか?」
「土屋先輩と高橋先輩は学年が違うのでわかりません。姉さんは今週は週番なのでちょっと遅れてきます」
「そうなのか。ふーん」
「はい」
……。
……。
沈黙が続く。
俺はもともと喋りが上手な方じゃないしこいつもどうやら苦手なようだ。
「……俺そろそろ帰るわ」
沈黙に耐えかねた俺は席を立つとカバンを掴んだ。
そんな俺を見上げながら流星が、
「真柴先輩……また明日」
絞り出すように口にした。
俺は「ああ」とだけ返すと文芸部室を出た。
その後、卓球部と吹奏楽部を見学させてもらってから家路についた。
西の丘に沈む夕日を眺めながら徒歩で家に帰る途中、俺は文芸部の部員たちのことを考えていた。
高橋と土屋さんと天馬と流星。
みんななかなかキャラが濃いが性格はよさそうだ。
四者四様俺を歓迎してくれているようだし……。
「どうすっかなー」
その時、空っ風が吹き、
「う~、さむ」
俺は何気なくポケットに手を突っ込んだ。
……っ。
ポケットの中には高橋からもらったくしゃくしゃの入部届けの用紙があった。
「文芸部か……」
俺はそれをみつめながら心を決めた。
翌日、天気は快晴。
俺は入部届けの用紙を持って文芸部の部室の前に立っていた。
ドアをノックする。
「は~い!」
土屋さんの元気な声が返ってきた。
俺がドアを開けようとすると、それより早く中からドアが開けられた。
「あっ真柴くん。いらっしゃ~い」
土屋さんが笑顔で出迎えてくれる。
「どうも失礼します」
俺は部室の中をざっと見渡した。
高橋に流星に天馬と、今日は全員揃っているんだな。
みんな一様にパイプ椅子に座ってこちらを見ている。
「真柴くん、もしかしてうちの部に入部してくれるん?」
「はい。お願いします」
俺は土屋さんに頭を下げ用紙を手渡した。
その後に高橋、流星、天馬へと順番に目線を移す。
「みんなもよろしくな」
高橋は俺と目が合うとこくりと小さくうなずいてみせた。
流星は「よろしくお願いします」とお辞儀をする。
そして天馬はすっと立ち上がると俺の前まで優雅に歩いてきた。
手を差し出す天馬。
握手をしようと俺も手を伸ばした。
「よろしくな」そう言おうとした次の瞬間――
「新入部員ゲットしたわっ!」
天馬は俺の手を力強く握って叫んだ。
「え……?」
天馬のキャラの変貌ぶりに戸惑っていると、
「やったわっ。これで晴れて部に昇格よ! 部費もたんまりもらえるわっ!」
腕を振り上げ喜びをあらわにする天馬。
「どうしたんだ天馬? お前一昨日と全然キャラが違うけど……」
訊ねる俺に向かって天馬はにやっと口角を上げ、
「こっちが本当のあたし。一昨日はあんた好みの優等生演じてただけよっ」
と言い放つ。
「は? なんでそんなことを。っていうか先輩に向かってあんたって――」
「姉さんに代わって僕が説明しますね」
と流星が手を上げ立ち上がる。
「うちの部があと一人で部に昇格することは知ってましたよね。でも全校生徒はすでに部活に入っていますからうちは同好会止まりだったんです。そんな時、真柴先輩が転校してきたことを知った姉さんは、真柴先輩を他の部にとられる前に文芸部に引き入れることにしたんです」
流星は続ける。
「でも普段の姉さんは自由奔放というか、人の迷惑をかえりみない性格で全校生徒から敬遠されているので、真柴先輩の前では素を出さないように演技をしていたんだと思います」
「いい子演じるのも疲れたわー。良太ちょっと肩揉んでくれない?」
天馬は肩を回しながら俺を見てくる。
「いやいや、全然理解できないんだが」
「何、あんたって頭も悪いの?」
「もってなんだっ。大体天馬が――」
「あーその天馬って呼ぶのやめてくれる、弟も天馬だからややこしいのよね。さくらの方が可愛いしさくらって呼んで」
俺の言葉をさえぎって、およそ後輩とは思えない口調で喋ってくる。
「お前、何様?」
「ふっふっふ、あたしは超能力者よっ」
腰に手を当て突然意味不明なことを口走る天馬、もといさくら。カオスだ。
「おい、流星。こいつ何言ってるんだ? 頭大丈夫か?」
「え~とですね……実は姉さんは本当に超能力者なんです」
「おいおい、どうしちゃったんだよお前までっ」
さくらに続いて流星までおかしなことを言い出し始めた。
「土屋さん、これどうなってるんですか?」
俺は一番まともそうな文芸部部長に助けを求めた。
「さくらちゃんなあ、ほんまに超能力者なんよ。信じてあげて」
「あなたもですかっ!?」
もうどうなってるんだ一体。
俺は夢でも見てるのか? みんなして俺をかついでいるのか?
「おい、高橋。お前はまともだよな? な?」
ここまで一切喋っていなかった高橋にすがる。
こいつは無口だが常識はあるはずだ。
すると高橋は俺を一瞥してから口を開いた。
「……さくらは厄介だけど嘘はつかない」
「なっ……」
そこでさくらが、
「わかったわよ、そんなに疑うならあたしの超能力見せてあげるわよっ」
高らかに声を上げた。
「文芸部が敬遠されている理由が今わかったぞ。織田や高木さんの言っていたことは正しかった。お前らはおかしいっ」
「あたしの超能力で今から雨を降らせてやるから見てなさいっ」
「見てたまるかっ」
俺は部室を出ていこうとドアノブを握った。
だがその時、
ザザザザザー!!
さっきまで快晴だったのに何の前触れもなく雨が急に降り出した。しかもかなりの豪雨。
「え……!?」
「ふふん。ねっ、あたしの言った通りでしょ」
嵐のような雨を背に、さくらは腕組みをして勝ち誇った顔で俺を見ていた。