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第3話

 どれくらい眠っていただろうか。

「……先輩。起きてください、先輩」

 耳元で優しい声が聞こえる。

 俺はその声に導かれるように目を開けた。

「あ、先輩。起きられましたね」

 すると、今までに見たこともないほどの美少女が俺の顔を覗き込んでいた。

「え、えっと……」

 俺は上半身を起こす。

「あ、申し訳ありません。わたくしは天馬さくらと申します、一年生です」

 訊いてもいないのに律義に自己紹介をしてくれた。

 確かに着ている制服の校章は一年生のそれだ。大人っぽい見た目だが後輩か。

 起きたばかりの頭をフル回転させ俺も応じる。

「あ~と……俺は真柴良太。学年は――」

「二年生、ですよね」

 そう言って天馬は俺の横にあるハンガーにかけられた制服を控えめに指差した。

 俺と同じように校章を見て確認したのだろう。

「ああ、そうだ」

 俺は答えながら周りを見回す。

 保健室には俺と天馬の二人だけ。保健の先生はいない。

 保健の先生が閉めていったはずのカーテンは開いていて、窓の外は真っ暗だった。

 とっくに放課後になっていたようだ。

「申し訳ありません。悪いとは思ったのですが勝手ながら先輩を起こしてしまいました」

 深々と頭を下げる天馬。

「いや、むしろ助かったよ。ありがとう」

 天馬が起こしてくれなかったらいつまで学校で寝ていたかわからない。

 俺は保健室の時計を見上げた。

 時刻は午後六時を過ぎていた。

 真面目に部活をしている連中もさすがに帰る時間だ。

「さてと……」

 俺はベッドから起き上がるとハンガーにかけてあった制服を掴んだ。

 そこでふと思い至る。

 あれ、なんでここに俺の制服があるんだ?

 俺は体育の授業中に小杉にここに連れてこられたからジャージ姿のままなのだが。

 さらによく見ると足元には俺のカバンまで置いてあった。

 ……もしかして小杉の奴が持ってきて置いておいてくれたのか?

 だとしたら明日ちゃんと礼を言っておかないとな。

「なあ、保健の先生はいないのか?」

「ええ。わたくしも保健の先生にご相談があって来たのですけれど、みつからなくて……そんな時先輩が寝ていらしたので」

「起こしてくれたってわけだな」

「はい」

 天馬はうなずいた。

「俺の家すぐ近くだからこのまま帰るけどお前はどうするんだ?」

「でしたらわたくしも途中までご一緒してもよろしいでしょうか。先生はおそらくお帰りになったのでしょうから」

 そう言った天馬は俺とともに保健室を出た。

 俺の隣をおしとやかに歩く天馬。

 すらっと長い手足に長い黒髪、身長は俺と同じくらいだろうか、女子にしてはかなり高い。

 目立つ容姿だからきっとクラスでの人気も高いのだろう。

「先輩、どうかされましたか?」

 俺の視線に気付き訊いてくる。

「いや、お前って何部に入ってるんだ?」

「わたくしですか? わたくしは文芸部です」

「えっ、文芸部なのか!?」

「そうですが何か?」

 天馬は可愛らしく首をかしげた。

 天馬が文芸部だったとは……驚きだ。

 織田と高木さんはもしかして俺に嘘を教えたのだろうか?

 少なくともこれまで会った文芸部の三人は癖こそあるものの悪い奴ではない。

「実はクラスメイトに文芸部には入らない方がいいって忠告されていたんだよ。でも実際に文芸部員に会ってみるとなんでそんなこと言ったのかわからなくてさ。悪いな、なんか変なこと言って」

「いえ、おそらくですがその方たちは何か誤解なさっているのでしょう。文芸部は楽しい部ですよ。でも正確には同好会なのですけれど。ふふふっ」

 手を口元に添えて上品に笑う天馬。

 仕草の一つ一つが画になる奴だ。

「あっそういえば忘れるところでした。これ、もしかして先輩の物でしょうか?」

 天馬はスカートのポケットから紙きれを取り出して俺に見せる。

「ベッドのそばに落ちていたのですが……」

 天馬の手の中にあったのは入部届けの用紙だった。

 俺は制服のポケットを探る。

 用紙がなくなっているのに気付いて、

「あー、それ俺のみたいだ」

「やはりそうでしたか。ではどうぞ」

「おう、サンキュー」

 俺は天馬から用紙を受け取った。

 長い廊下を歩き一年生の下駄箱に近付くと「では、わたくしはこれで」とお辞儀をする天馬。

 俺は軽く手を上げると天馬と別れ、一人二年生の下駄箱へと足を向けた。


 ジャージ姿で自宅に帰った俺は玄関で母さんと出くわした。

「あら良太、あんた大丈夫なの? さっき留守電聞いたら授業中に保健室に運ばれたっていうからこれから迎えに行こうとしてたのよ」

「大袈裟だなぁ。肩を支えられて連れていってもらっただけだよ」

「じゃあなんで帰りがこんなに遅いのよ」

「保健室で寝てたらいつの間にかこの時間になってたんだ」

「あんたねぇ、夜遅くまでゲームなんかしてるからそうなるのよ」

 いつもの小言が始まる。

「はいはい。わかってるよ」

 俺は母さんの横をすり抜け階段に足をかけた。

「お隣の美沙ちゃんを見習いなさい。有名大学に推薦で受かったらしいわよ」

 美沙ちゃんというのは隣に住む一個上の幼なじみのことで、以前はよく一緒にかくれんぼをして遊んだ間柄だ。

「推薦なんて先生のご機嫌取ってれば、バカでも受かるだろ」

「美沙ちゃんは優等生よ。バカはあんた」

 母さんは薄手のコートを脱ぎながら言う。

「はぁ~、あんたも昔は神童とか言われてたのにねぇ」

「いつの話だよ」

「どこで育て方間違っちゃったのかしら」

「蛙の子は蛙なんだよ」

 過度な期待はしないでくれ。

「はぁ~、まったくこの子ったら」

 母さんはこの日二度目の大きなため息をついた。

 二階に上がり自室に入るとジャージから部屋着に着替えた。

 そしてテレビとゲームの電源を入れてベッドに腰掛ける。

 テレビ画面には【ファイナルアーマーダンジョン】の文字が浮かぶ。

 一昔前に流行ったローグライク系のゲームだ。

 俺は最近またこのゲームにはまっている。もう何度もクリアしたはずなのにだ。

「良太ー! 夕飯食べちゃいなさーい!」

 階下から母さんの声。

「はーい、今行くよー」

 ゲームを続けたいところだが一家の大黒柱には逆らえない。

 俺はゲームを一時中断し一階へと下りた。

 リビングのテーブルにはピザとフライドチキンが置かれていて、母さんはすでに席についていた。

 俺も椅子に座る。

「ごめんね、今日も遅かったから簡単なもので済ませちゃったけど……」

 母さんは申し訳なさそうに言うが、

「いや、俺はピザもフライドチキンも大好きだから別にいいけど」

 と返す。これは本当のことだ。

「そう? だったらいいんだけどね」

 一転表情を明るくした母さんが、

「あんた、そういえば部活どうするのよ。絶対入らないといけないんでしょ」

 ピザを口に運びながら訊いてくる。

 俺もピザをひと切れ取る。

「そうだなぁ……一応候補はあるんだけどさ」

「そうなの? 何部?」

「文芸部」

「あんたが文芸部っ!? 何? どういう風の吹き回しよ。あ、わかった。文芸部に可愛い子でもいるんでしょ」

 当たりのような当たりじゃないような。

「文芸部は活動が基本自由なんだって。だからテスト勉強とかも部活の時間を使って出来るわけよ」

「あら、それはいいじゃないの。家ではアニメとかゲームばっかりでどうせ勉強なんてしないんだから。あんたに持ってこいの部活じゃない」

「ん~、そうなんだけどさ~……」

 どうしても織田と高木さんの言った言葉が気になる。

 それさえなければすぐにでも文芸部に決めるのだが。

「部活見学出来るんでしょ。文芸部の人たちにお願いして見学させてもらいなさいな」

「そうだな……」

 明日もう一回だけ文芸部に顔を出してみるか。

 それで決めよう。

 俺は口の中のピザをごくんと飲み込んだ。

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