第27話
高木がドイツに発って一週間。
高木からクラスのみんなへ手紙が送られてきた。
帰りのホームルームで先生が代読すると感極まって涙する者もいた。
そして、それとは別に、俺個人宛てに二枚の写真が送られてきていた。
先生から受け取ったその写真は、一枚は高木と四人の可愛らしい妹がピースをしながら写っていて、もう一枚は俺が高木をメイドカフェでお姫様だっこしている様子がおさめられていた。
「いつ誰が撮ったんだ、これ……?」
メイドカフェで写真を撮られた覚えなどないのだが。
「よく撮れているじゃないですか。この写真に写っている子たちは高木先輩の妹さんたちですか?」
流星が写真を手に訊いてくる。
「ああ、そうらしいな」
写真の裏に四人の妹たちと一緒にって書いてあるからな。
「そっちの写真は何が写っているんですか?」
「ん? これは別になんでもない」
「え、なんでもないって……そんなこと言われると気になるじゃないですか。ねえ土屋先輩?」
「そうやで。同じ文芸部の仲間として秘密はあかんで~」
土屋さんがテーブルを回り込んで俺に近付いてくる。
「うちに見せてみぃ~」
「ちょっと土屋さんっ」
土屋さんは俺の持つ写真を奪おうとしてくる。
俺は取られないように写真を持つ手を高く上げた。
「えいっ、やあっ」と俺の周りを飛び跳ねる土屋さん。
小柄な体に不釣り合いな大きな胸が揺れている。
「……取った」
俺が土屋さんの胸に目を奪われていると、後ろから高橋が写真をかっさらった。
お前、さっきまで写真なんて興味なさそうに文庫本読んでいただろ。
「……見て。興味深い」
高橋は俺から奪った写真を土屋さんと流星に見せつける。
「ほぇ~、これお姫様だっこやん。なんかええなぁ」
「これはまたなんと言ったらいいのか……姉さんには見せない方がいいかもしれませんね」
「ほら、返せ高橋」
俺は高橋から写真を取り返すともう一枚の写真とともにカバンにしまった。
「まったく……油断も隙もない」
高橋ってこんなキャラだったか?
「んなことより流星、さくらはどうしたんだ? 一年のくせに一番遅いじゃないか」
まあいなけりゃいないで全然いいのだが。というか来ないでくれると今日出された英語の宿題がはかどるから個人的にはありがたい。
「すみません、僕にも姉さんがどこで何をしているのかわかりません」
姉のさくらのために頭を下げる流星。
こいつの人生はさくらに振り回されてて大変そうだな。
もしさくらが俺の姉だったらと思うとぞっとする。
その時、耳をつんざくような警報音が学校中に鳴り響いた。
「きゃっ、なんやのっ!?」
「おい、なんだこの音!?」
「す、すごい音ですね……」
「……多分誰かが警報器のボタンを押した」
高橋が淡々と口にする。
「じゃあ火事ってことじゃねぇかっ!?」
すると次の瞬間、
「この警報音は誤報です! 火事ではありません! 火事ではありません!」
鈴木先生の声でアナウンスがされた。そしてしばらくして警報音が鳴り止んだ。
「どうやら間違いだったようですね」
「あ~よかった。びっくりしたで~」
胸に手を当て安堵の表情を見せる土屋さん。
「それにしても人騒がせな。一体誰が警報器のボタンなんか……」
そこまで言って俺ははっとした。さくらがまだ来ていない。
「まさか……さくらの奴が押したんじゃないだろうな」
「いや真柴先輩、いくら姉さんでもそんなバカなことはしないと思いますけど……」
と言いつつも少し不安そうな流星。
とそこへさくらが何食わぬ顔で部室のドアを開け入ってきた。
手には何冊もの本を抱えている。
「お待たせ~……って何よみんな。あたしの顔に何かついてるわけ?」
「ううん、そうやないけど……さくらちゃん今まで何してたん?」
「図書室に行ってたのよ。流星に言っておいたわよ」
流星に向かってあごをしゃくる。
みんなの視線がさくらから流星へ移る。
「待ってよ、そんなの聞いてないよ姉さん」
「あれ? そうだったかしら。あたし急いでたからよく憶えてないわ」
「それより姉さん。もしかしてだけど警報器のボタン押したりしてないよね?」
「あたしが? 押すわけないでしょ。押す理由がないもの」
理由なんかなくてもやりかねないから流星も訊いたのだろう。
だが、さくらの言葉を信じるなら、警報器を誤作動させた犯人はさくらではなかったようだ。
「そうだよね。変なこと訊いてごめん姉さん」
「まったく……まあそんなことはどうでもいいわ。よいしょっと……」
さくらは抱えていた本をテーブルの上にどんと置いた。
「なんだこれは?」
「本よ。見ればわかるでしょ」
パイプ椅子に座り本を一冊手に取るさくら。ぱらぱらとページをめくる。
「そういうことじゃなくてだな……」
さくらが手にしている本のタイトルは超能力大全。インチキくさいタイトルだ。
テーブルの上に置かれた本もみなオカルトちっくな本ばかり。
「なんで今さらこんな本を読んでるんだ?」
するとさくらは顔を上げ、
「この前あたしの力であんたの怪我を治してやったでしょ……」
大型トラックにはねられた事故のことを言っているんだな。
あの怪我を治してくれたのは本当は流星なんだけどな。
「それで気付いたの。やっぱりあたしの力はあたしの力を必要としている人のためにあるんだってね」
晴れやかな顔で言う。
「偉いわ、いいこと言うなぁ~さくらちゃんは」
「そう? まあそれほどでもあるんだけどね」
謙遜しないのかよ。
「とにかくよ、あたしは今よりもっとすごい超能力者になるわっ。そのために図書室で超能力に関する本を残らずあさってきたのよ」
「……強い力はなるべく使わない方がいい。世界にひずみが生まれる。大変なことが起こる可能性が……」
「またその話なの、美帆。ひずみなんてどこにあるっていうのよ。大変なことなんて起こらないわよ」
邪魔くさそうに手をひらひらさせる。
流星が戻ったことによってすっかり前と元通りになったのはいいのだが、流星がいなかった間の記憶もみんなの頭の中から消えているらしく、上手く整合性がとれる形で記憶が補完されていた。
だから土屋さんも高橋も、本物の超能力者が実はさくらではなく流星だということは記憶にないらしい。
完全に事故が起こる前の状態に戻ったというわけだ。
じゃあ高木の記憶はどうなっているのだろう。
高木も俺の事故があってから流星がもとに戻るまでの間の記憶は失くしてしまっているのだろうか。俺と遊園地に行ったことも含めて。
はたまた一部なり全部なり憶えているのだろうか。
高木は流星より力があると言っていた。
だから全部憶えているかもしれないな。うん、きっと憶えているだろう。
俺は自分の都合のいいように考えることにした。
と、
「天馬さくら、天馬さくら。至急職員室まで来なさい!」
アナウンスが聞こえた。
「姉さん呼ばれてるよ」
「そうね、何かしら?」
「至急って言うてたで」
「よくわからないけどとりあえず行ってくるわね。良太も読みたかったら読んでてもいいわよそれ」
超能力大全をテーブルの上に放り投げるとさくらは部室を出ていった。
図書室の本を投げるなよな。
「まったく、読むわけないだろ……」
俺は超能力大全をどかすと英語の宿題にとりかかった。
ほどなくしてさくらが部室に戻ってきた。力強くドアを閉めるとパイプ椅子に大股開きでどかっと座る。
「なんなのよ、一体っ!」
かなり憤慨している。
「どうかしたの? 姉さん」
「どうもこうもないわよっ。さっきの警報器を鳴らしたのがあたしなんじゃないかって先生たちが揃いも揃って決めつけてきたのよっ!」
「え~、それはさくらちゃん可哀想やな~」
「でしょ。感じ悪いったらないわっ」
お前の普段の行動が招いた結果だろ。
全校集会で校長先生のマイクを奪い取った時点で、お前はブラックリストに入っているはずだからな。
「それで姉さんはどうしたの?」
流星はさくらをなだめるように優しく訊く。
「むかついたから、真犯人はあたしがみつけてやるって言って職員室を飛び出てきてやったわよっ」
「そないなこと言うたんやね~。それでどないしてみつけるん?」
「決まってるでしょ、超能力よっ」
さくらは土屋さんの方に顔をきっと向けた。
「あたしに罪をかぶせた犯人をみつけて先生たちの前に突き出してやるんだからっ」
「……超能力はあまり使うべきではない。世界に――」
「ひずみとかはどうでもいいのよ、美帆。今はあたしのプライドの問題なのっ」
今度は高橋にかっと顔を向ける。
「お前、さっき超能力は必要としている人のために使うとか偉そうなこと言ってなかったか?」
「だからあたしがあたしの力を必要としているんじゃないっ。そんなこともわからないからバカなのよっ!」
目力鋭く俺を睨む。
ひどい言われようだ。俺一応先輩なんだけどな。
「早速現場に行くわよっ」
「現場って……ボタンを押された警報器がある場所のこと言っているの? 姉さん」
「そうよ。直接ボタンに触ってサイコメトリーするのよ」
サイコメトリーってなんだ?
口に出そうと思ったら、
「さいこめとりい……ってなんなん?」
土屋さんが可愛く首をかしげていた。
「そこの本に書いてあるからあとで読みなさい、みどり」
「……サイコメトリーは物体に触れることでそのものの記憶を読み取る能力のこと」
「ほぇ~、そうなんや。さくらちゃんてそんなことも出来るんや~」
出来ませんよ土屋さん。
こいつはサイコメトリーはおろかスプーン曲げだって出来ないだろう。
「俺たちも行くのか?」
「当たり前でしょ。文芸部の仲間が犯人扱いされたのよ、黙って見てる気っ?」
「真柴先輩、行きましょう。ね?」
流星がすがるような目で見てくる。
……やれやれ。もう少しで英語の宿題が終わりそうだったのに。




