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ようこそ、文芸部へ  作者: シオヤマ琴


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第25話

 俺たちはカレーを食べ終えると、店員さんに拍手で見送られながら店を出た。

 再び俺は高木と並んで歩く。目的地もわからずに。

「なあ。どこに向かっているのか、いい加減教えてくれてもいいんじゃないか」

「ヒントは教えてあげたじゃない」

 確か暗い場所って言っていたが……。

「映画館か?」

「せっかくのデートを二時間も無駄にしたくないわ」

「じゃあプラネタリウムか?」

「眠っちゃうのがオチよ」

「だったら水族館とか?」

「それはこの前行ったでしょ」

「それじゃあ――」

「だ~め。それ以上質問は禁止」

 高木は俺の唇にそっと人差し指を触れさせた。

「あとはついてのお楽しみよ」

 と微笑むと歩く速度を上げる。

 俺は仕方なくペースを合わせた。

 高木と他愛のないことを話しながら歩いていると、前にバス停が見えてきた。

「あっやば。走ってっ」

 高木が俺の手を握り駆け出した。

「ちょっと、おい、あのバスに乗るのか?」

「決まってるでしょ。いいから早くっ」

 ちょうどとまっていたバスに乗りこみ、空いている席を探す。があったのは一つだけ。

「はぁ、はぁ……お前座れよ」

「え、いいの? ありがとっ」

 全然息を切らしていない高木に席を譲り、それからバスに揺られること十数分。

「次は神宮寺遊園地前~、神宮寺遊園地前~」

 アナウンスが聞こえると、

「はい、降りまーす」

 元気よく高木は手を上げた。子どもかよ。

「次で降りるのか?」

「そうよ」

 にやりと俺を見上げる。

 目的地は遊園地?

 全然暗くなんてないぞ。むしろ真逆じゃないか。

 バスから降りると遊園地は目と鼻の先。

 高木は遊園地に向かってまた俺の手を取り駆け出した。元気な奴だ。

 人の波に飲み込まれそうになるも、手をつないでいたおかげで離ればなれにはならずに遊園地の入り口へとたどり着く。

 チケットを買い入場すると、高木が真っ先に俺を連れていったのは……。

「目的地に到着ー!」

 おどろおどろしい外観をしたお化け屋敷だった。

「お化け屋敷……?」

「そうよ。私が良太くんと一緒に来たかったのはお化け屋敷なのっ」

 高木が楽しそうに手をかざす。

「なんでお化け屋敷なんか……」

 よりにもよって俺の苦手なお化け屋敷が目的地だったとは。

 俺は子どもの頃、東京タワーのお化け屋敷みたいなところに入って以来、お化け屋敷がトラウマになっている。

 ホラー映画は好きだが、自分が実際に体験するとなると話は別だ。

「本当にここに入るのか?」

「そうだけど……何? 怖いの?」

「いや、別に、全然」

 強がってみせる。

 男なのにお化け屋敷が苦手だということはあまり知られたくない。

「俺は高木が大丈夫なのかと思っただけだ」

「なぁに、私のこと心配してくれたんだ。彼氏らしくなってきたじゃん」

 俺の頬をにこにこした顔でつついてくる。

「やめろ、こら」

 人の目というものをまったく気にしていない。

 いつもの学校で見る優等生の高木とはえらい違いだ。

「ふふふっ。じゃあ早速中に入ろっ」

 俺の腕を掴むと、引きずるようにしてお化け屋敷の中へ進んでいった。今日はこんなのばかりだ。

 中は照明がほとんどなく足元もおぼつかない。

「きゃあぁぁぁー!」

 どこかから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 俺の腕を掴む高木の手に力が入る。爪が刺さってちょっと痛い。

 俺は聞こえた悲鳴に内心ドキッとしながらも高木の手前、平静を装った。

 遊園地側が用意した音声だったのか、それとも実際の女性客の声だったのか、判別できないリアルな声がお化け屋敷内にこだまする。

 俺はホラー映画のようなじわりじわりとくる怖さは平気だが、突然の物音などはかなり苦手なのだ。

 もし隣に高木がいなかったら、今頃は嬌声を発しお化け屋敷内を一心不乱に走り回っていることだろう。

「ねぇ、あれって井戸だよね……」

「ん?」

 少し歩き角を曲がったところで井戸が目に入ってきた。

 つたが絡まり、古ぼけた不気味な井戸。いかにもな感じだ。

「絶対何か出て来るよ、良太くん」

「そ、そうだな」

 俺たちは肩を寄せ合いながら、ゆっくり慎重に井戸の方へ歩みを進める。

 頼むからいきなりバン! みたいなことはやめてくれよ。

 そう心の中で祈りながら近付いていく。

 一歩一歩、足音を立てないように井戸のそばまで。

 そして……俺の祈りが通じたのか、何事もなく井戸の横を通り過ぎることが出来た。

「はぁ~怖かった。何も出てこなかったわね」

「そういう驚かせ方なんだろ」

 びびって損した。

 その時、

「きゃっ!?」

 高木が声を上げた。

 と同時に俺の腕にしがみつく。

「な、なんだよ」

 びっくりした~。

「なんか冷たいものが首筋に触れたのよ。多分手だったと思う」

「本当かよ……気のせいじゃないのか」

 最近のお化け屋敷の従業員は、客に触れてはいけないらしいからな。

 きっと高木の勘違いだ。そうであってくれ。

「本当だってば……」

「それはわかったからちょっと離れてくれないか。歩きづらいんだが」

 高木は俺の腕にぎゅっとしがみついて離れないでいる。

「こ、怖いんだからいいでしょ。それに美少女にしがみつかれて嬉しくないわけっ」

 嬉しいとかそんなことを考える余裕はないんだよ。

 実のところ、俺はお前以上に内心びびりまくっているんだからな。

「怖いんならお化け屋敷になんか入らなきゃよかっただろうが」

「記念になるかなと思ったのっ」

 なんの記念だよ、まったく。

 高木のせいで寿命がマジで縮まりそうだ。

「ね、ねぇ良太くん、あれ見て……」

 高木が震えながら前の方を指差す。

 見ると落ち武者の人形が天井から吊るされていた。

 首吊り死体のように見える。気持ち悪い。

「平気だ。きっとさっきみたいに何もないさ」

 と自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す俺。

「う、うん」

 高木は小刻みに震えていた。

 俺たちは二人して丸くなりながら、落ち武者の人形のすぐ前を通り過ぎようとした。

 次の瞬間――

 落ち武者が突然顔を上げ、ぎょろりと高木と目を合わせた。

「きゃあぁー!!」

 高木は悲鳴を上げ、俺の腕を絡ませたまま猛ダッシュ。

「わっ!? おい、こらっ、そっちは」

 俺の声はパニクる高木には届かない。

 俺たちはそのままもと来た通路を逆走してお化け屋敷の入り口から飛び出た。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 恐怖で息もままならない高木を尻目に、結局俺は「お客様、困りますよ!」と注意してくる従業員に平謝りする羽目になったのだった。


 その後、俺たちはメリーゴーランドに一回とジェットコースターに六回乗ってからベンチで休憩していた。

「あ~、叫び疲れたわ~」

 高木はみっともなく手足をだらんとさせている。ワンピースのスカート部分が少しめくれているがお構いなしだ。

「そりゃあ六回もジェットコースターに乗ったらな」

 終いには従業員に顔を覚えられ、特別にジェットコースターの最前列に乗させてもらえたくらいだ。

 全然嬉しくなかったが。

「……そろそろ帰るか?」

 夕方になり寒くなってきた。風も冷たい。

 このままでは風邪をひくかもしれない。

「じゃあ最後にあれに乗ってもいい?」

 高木は夕日に照らされた観覧車を見上げ言った。

「観覧車か……」

 まあ仮ではあるが、デートの最後にはふさわしい乗り物かな。

「わかった。最後に乗って帰るか」

「うんっ」

 高木は大きくうなずいた。

 考えることはみんな同じようで、観覧車には長い行列が出来ていた。

 そこに並ぶこと三十分、やっと俺たちの番が来た。

 観覧車に乗りこむと、俺たちを乗せたゴンドラがゆっくりと上がっていく。

「遅いわね~」

「そういうもんだからな。観覧車は」

 窓の外を見下ろす高木。

「見て良太くん、人が蟻みたいに見えるわよ」

「そういう表現はどうかと思うぞ」

 と言いつつ俺も眺める。

 確かに蟻みたいに見えないこともない。

「それにしても今日は楽しかったわ。ありがとうね」

「いいさ、別に。これも流星のためだしな」

 と自分で言って気付く。

 そういえば、これは流星を戻すためにしていたデートだったんだったな。

 途中から高木との時間を素直に楽しんでしまっていたぞ。

「あ、流星くんなら心配しないで。私の方が多分力は上だからなんとかなると思うから。試しに明日になったら流星くんに会いに行ってみなよ」

「そっか……ありがとうな」

「ううん。ねぇ、それより目閉じて」

「な、なんで?」

「いいから早く」

「お、おう……」

 まさか……。

 この展開は……。

 ぺしっ。

「いてっ」

 俺は左頬をひっぱたかれた。

「あはっ、ごめんごめん。蚊がいたからつい……」

 右手を上げながら謝る高木。笑っている。

「あ、蚊がいたのか……そっか」

「何? もしかしてキスされるとか思った?」

 高木が下から俺の顔を覗き込む。

「ま、まさか」

 されると思っていたなんて言えるわけない。

「あっそう。ふーん」

 ぷいっと窓の外に顔を向ける。

 あれ? 機嫌悪くしたかな?

「はい、ありがとうございましたー!」

 そうこうしているうちに、いつの間にかゴンドラは下に到着していた。

 仕方ない。少し、いやかなり恥ずかしいが……。

 俺は最後は彼氏らしくしてやるかと思い、ゴンドラから先に降りて、高木に向かって手を差し伸べた。

「ほら。手を出せよ」

「あ、ありがと」

 少し戸惑った様子を見せながらも、高木は俺の手を掴んで降りる。

 その時の高木の頬は、夕日に照らされ、ほんの少し朱色に染まっていた。

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