第24話
メイドさんの案内と高木の強引な手法で、俺は一軒のメイドカフェの前に連れてこられた。
「ここがうちのお店ですぅ。さぁ、どうぞぉ」
「はーい。お邪魔します」
自動ドアを抜け、店の中に一歩足を踏み入れると、なんとも言えない甘~い香りが鼻孔をくすぐる。
そして、
「お帰りなさいませ、ご主人様。お嬢様」
と沢山のメイドさんが迎え入れてくれた。
「わ~すごい。これがメイドカフェなのね、私初めてだから緊張する~。良太くんは来たことあるの?」
「いや、ないけど……」
俺はアニヲタだが生粋のヲタクというわけではない。
「っていうかさっきからその呼び方なんなんだよ」
「だってカップルなんだからこの方が雰囲気出るでしょ」
「お前なぁ……」
急に良太くんと呼ばれるのはむずがゆい。大体カップルじゃないし。
「カップルさんですね。こちらにどうぞ」
背の高いメイドさんに奥の部屋へと通される。とそこには十組ほどのカップルらしき人たちが集まっていた。
マイクを持ったメイドさんが前に出てきて、
「それではこれより、カップルさん限定お姫様だっこ大会を開催したいと思います!」
リングアナウンスのように高らかに宣言した。
「優勝カップルさんにはうちのお店の優待券を差し上げます!」
「お姫様だっこだって。私ダイエットしておけばよかったかな~」
とやる気満々の高木だが、
「俺はやらないぞ」
拒否権を発動させてもらう。
「えーなんでよ?」
「恥ずかしいからに決まってるだろ」
「だからいいんじゃない。吊り橋効果って知ってる?」
高木は顔を寄せてくる。
「知らない。バカだから」
「んもう。じゃあいいわよ私が良太くんをお姫様だっこするからっ」
そう言って俺のことをひょいと持ち上げた。
「わっ、おい、やめろバカッ。恥ずかしいだろ、下ろせっ」
「すいませーん、メイドさん。男女逆でもいいですよねー?」
「そ、そうですね……カップルさんならまぁ……」
戸惑いながらも返すメイドさん。
「いいみたいよ。これでいきましょ、良太くん」
周りの人たちが全員こっちを見ている。恥ずかしすぎる。
「わかったっ。俺がお前をだっこするからマジで下ろしてくれ、頼むっ」
「ふーん。だったら初めからそう言えばいいのよ」
俺はなんとか床に足を着けた。
俺は今、顔が真っ赤になっていることだろう。俺の体を軽々と持ち上げやがって。
「それでは準備してください。いきますよー」
「良太くん、お姫様だっこして。早くっ」
「わぁってるよ」
俺は高木の背中とひざの裏に手を回すとそのまま抱き上げた。
「スタート!」
マイクを持ったメイドさんの合図とともに、十組のカップルがお姫様だっこを開始した。
「わー、良太くんて意外と力あるんだね」
俺の顔の真横で高木が喋りかけてくる。
「私重くない? 大丈夫?」
「全然重くない」
さすがに重くても重いとは俺でも言えない状況だ。まあ実際本当に全然重くなんてないのだが。
それどころか……。
「なんか余裕な顔してるね」
「そうか?」
俺はアニメを見る時は時間を効率的に使うために、アニメ鑑賞と同時に筋トレもしているのだ。
だから運動神経は悪くても筋力にはそれなりに自信がある。
その証拠に、
「ごめん、もう駄目だぁ~!」
「悪い涼子、おれもう限界っ!」
「きゃっ!」
次々に参加しているカップルが減っていく。
「さあ、十分を過ぎましたよ! 残っているのはあと二組だけです!」
気付けば、お姫様だっこを続けているのは、俺たちともう一組のカップルだけになっていた。
さすがに腕と足がぷるぷる震えてきた。
「良太くん大丈夫? もういいよ」
高木が不安そうな顔で俺を見てくる。
「ふんっ。お前のそんな顔初めて見たぞ。お、俺がここまでやるとは思ってなかったんだろ」
「それはそうだけど……」
俺は残っているもう一組をちらりと横目で盗み見た。
女性の方は小柄で男性の方はムキムキの大男。卑怯だ、勝てる気がしない。
「くっ……」
「もういいってば良太くん」
「ま、まだまだ……」
手足の感覚がなくなってきた。
も、もう駄目だっ。
そう思った時、
っ!?
高木が自ら床に足を着いた。
「決まりました! そちらのカップルさんが優勝です!」
マイクを持ったメイドさんの声でメイドさんたちと参加者たちが拍手を送る。
「た、高木、お前……」
「かっこよかったわよ、良太くん」
そう言って高木は俺の肩に手を置くと俺の頬にキスをした。
まったく……抵抗できない時に勝手なことしやがって。
お姫様だっこ大会の参加賞の品であるひまわりのブローチを受け取ると、俺と高木はメイドカフェをあとにした。
「これ、もらってもいい?」
隣を歩く高木がブローチを太陽にかざす。
「ああ、好きにすれば」
「ありがとう」
そう言って参加賞のブローチをそっとポケットにしまう。
「今つけないのか?」
「うん。記念だから大事に取っておく」
どう見てもメイドさんの手作りに見えるちゃちなブローチなんか、記念でもなんでもないと思うが。
「それにしても良太くんて力持ちなんだね。びっくりしたわ」
「それを言うならお前の方がすごいだろ」
メイドカフェでは俺を軽々と持ち上げやがって。
「私鍛えてるからね」
袖をまくって力こぶを見せてくる。
だったら茶道部じゃなくて運動部に入ればよかったものを。
しばらく歩いていると、高木はそれまでしていた会話とは関係なく唐突に「カレーが食べたいわっ」と声を上げた。
「なんだよ。急に腹が減ったのか?」
「そういうことだってあるでしょ。とにかく私はカレーが食べたくなったの。用意してっ」
ねだるように両手を差し出す高木。
「さっきまでメイドカフェにいたんだからそこで頼めばよかっただろ」
「あの時はあの時、今は今よっ」
しおらしいところを見せたかと思いきや、突然わがままになる。よくわからない奴だ。
「カレーたってなぁ……」
俺は周りを見渡した。すると都合よく前方にカレー専門店をみつけた。
「あそこでいいか?」
俺は指を差した。
「うん、そうしましょ」
高木は大きくうなずいた。
近くまで行くとカレー専門店には外まで行列が出来ていた。
昼飯時だから仕方ないかもしれないが……。
「別の店にするか? これ結構並ぶぞ」
「いいよ、ここで」
「でも腹減ってるんだろ? 時間かかるんじゃないか」
「いいから並ぶのっ」
今日のデートの全決定権は高木にある。高木がそれでいいのなら俺は別に構わないが……。
っていうかこれって本当にデートか?
わがままお嬢様をエスコートする執事の気分だ。
案の定というか当然というか、俺たちが店に入れるまでに三十分以上かかった。
やっと店に入れる。そう思って店内に足を踏み入れると、
「おめでとうございますっ! あなたでちょうど一万人目のお客様です! 記念にペア旅行券を差し上げますっ!」
前もって準備しておいたのだろう、大きなくす玉を店員さんが奥から運んできて別の店員さんがそれを割った。
俺の頭の上に紙吹雪が舞い落ちてくる。
「良太くん、すごいじゃないっ。ペア旅行券だって!」
「お、おう」
こんな偶然あるか?
たまたま入った店でたまたま一万人目なんて……。
俺は目立ちたくない性格なので「どうも」と旅行券の入ったのし袋を受け取ると、足早に空いていた席に腰を下ろした。
「ねぇ、誰と行くの?」
正面に座る高木は自分のことのように嬉しそうだ。
そもそも、こいつがカレーが食べたいなんて言い出さなければこんな偶然起こっていない。
「なあ高木、お前……超能力使っただろ?」
「え……何よ急に?」
「急はお前だろ。突然カレーが食べたいなんて言って。店に入ったらこれだ。お前がやったんだろ?」
どうやったかはわからないが。
「ふふっ。やっぱりバレちゃった?」
いたずらがみつかった子どものように上目遣いで俺を見てくる高木。
「自然な演技したつもりだったんだけどなぁ~」
「演技どうこうの問題じゃないぞ。あからさまだ」
「でも安心して、ずるをしたわけじゃないから。ちょっと千里眼と透視能力を使っただけだから」
と高木は手を振り弁明する。
それはずるではないのか……?
「つうかお前そんなことも出来るのか。神様かよ」
「神様なんかじゃないよ。人の心は操れないもん」
伏し目がちに言う。
そんなこと出来たら無敵過ぎるだろ。
「注文どうなさいますか?」
店員さんが訊きに来た。
「じゃあビーフカレー二つください」
「はい、ただいまお持ちします」
高木は俺の好物を俺に訊くこともなく勝手に注文した。
「お前また俺の心を読んだんじゃないだろうな」
「読んでないよ。私約束は守る主義だから……良太くんいつも購買のカレーパン食べてたじゃん。あれ中身ビーフカレーでしょ」
「ああ、まあそうだけど」
確かに俺は購買のカレーパンが大好きだ。そしてビーフカレーも大好きだ。
昼飯にいつもカレーパンを食べているのを見られていたのか。なんか恥ずかしいな。
「それで話は戻るけど誰と行くの? 旅行」
「そりゃあ……」
普通に考えれば母さんだろ。
だけどそう答えるとマザコンぽいか。
答えに詰まっていると、
「私の見立てだと、さくらちゃんは散々文句を言った挙句オーケーすると思うわ。高橋さんは口には出さないけど喜んで行くと思う。土屋先輩は……そうね、あの人天然だから簡単について来ちゃいそうな気がする」
高木は楽しそうに言う。
「待てよ。高校生同士でしかも男女二人で旅行なんて行くわけないだろ」
何言っているんだ、こいつは。
「ふふっ、大丈夫よ。その旅行券三年間は有効だから、その頃にはみんな高校生じゃなくなってるって」
旅行券の入ったのし袋を指差しながら笑う。
のし袋はまだ開けてはいない。
きっとまた、透視能力とやらを使って中を見たのだろうな。




