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ようこそ、文芸部へ  作者: シオヤマ琴


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第21話

「真柴氏、拙者と一緒に走るでござる」

 マラソン大会のスタート地点で織田が話しかけてくる。

 中学の時にも似たようなことを言ってきた奴がいたな。そいつにはまんまと途中で裏切られたが。

「ああ、いいぞ」

 織田は俺と同じくらいの体力なので自然とそうなるだろうし。

 だが、

「駄目だよ、相手に合わせて走るなんて。遅くてもいいから全力で走らないと」

 真面目なクラス委員の高木さんが口を挟んでくる。

「お、おう、わかったよ。それより高木さんこんな後ろでいいのか? 優勝だって狙えるんだからスタートラインぎりぎりにいた方がいいんじゃないか?」

 全校生徒で一斉に走るわけだからスタート地点は混雑している。

 そのため、俺と織田はスタートラインから五十メートルくらい後ろの位置に追いやられていた。

「ううん、いいの。ここで大丈夫よ」

 晴れやかな笑顔を見せる。

 周囲の人間を押しのけて先頭に向かっていったさくらとは大違いだ。

「みんな準備はいいか! 今からマラソン大会を始めるぞ!」

 高橋のクラスの担任でもある体育教師の鈴木先生が号令をかける。

「位置について……よーい、ドン!」

 さながら満員電車のような状態でマラソン大会は幕を切った。

 高木さんは銃声を合図に人混みの中をするりするりと駆け抜けていく。

 さすが高木さん。完璧超人は伊達じゃない。

 一方、俺と織田は周りの人の波に体を預けるようにして少しずつ前に進んでいく。

 もう少し人がまばらにならないとまともに走ることも難しい。

 そんな中、ふと土屋さんの姿が目に入った。土屋さんはすし詰め状態の中、苦しそうにもがいている。

 背が低いから息をするのも大変そうだ。

「土屋さん、こっちです」

 俺は土屋さんに手を差し伸べた。

 気付いた土屋さんが俺の手に掴まる。俺はその手を自分のもとへと引っ張った。

「ぷは~っ。押しつぶされるかと思うたわ。真柴くんありがとうな」

 俺と織田の間に入った土屋さんが俺を見上げる。

「こういう時、背高い人はええなぁ」

 満員電車並みの密着度なので土屋さんの大きな胸が俺の腹で押しつぶされている。

 俺は不純な考えを振り払って土屋さんに織田を紹介した。

「あの、土屋さん。後ろにいるのが俺の友達の織田です。織田、この人は三年の土屋さん、文芸部の部長だ」

「織田くんか、よろしゅうな~」

 首だけ動かして織田に挨拶する土屋さん。

「こちらこそでござる、土屋氏」

「ござる?」

「あ~、喋り方は気にしないでください。こういう奴なんで」

「そうなんや~。うちと似た者同士やね」

 土屋さんはうんうんうなずく。

「おっ、真柴氏。そろそろすいてきたでござるよ」

「そうだな。これでやっと走れるな。じゃあ土屋さん、俺たち先行きますね」

「うん。頑張ってな~」

 すでにふらふらの土屋さんを置いて俺と織田はスピードを上げた。


 半分の四キロ地点を過ぎた頃、遠くで銃声が鳴った。

「ん」

 誰かがもうゴールテープを切ったようだ。

 誰だろう?

 さくらか高木さんか、それとも小杉たち陸上部員の誰かだろうか。

 ちなみに織田ではない。織田は腹が痛いと言い出して、途中から歩き出してしまったから俺のずっと後ろの方にいるはずだ。

 マラソンコース上には二キロごとにチェックポイントがあって、それぞれの場所に先生たちが立っている。

 生徒たちの中には友達感覚でチェックポイントに立つ先生に手を振っていく者もいた。

 どうでもいいが俺はそういう奴らが嫌いだ。

 先生は先生。生徒は生徒。俺は線引きははっきりしたいタイプの古風な人間なのだ。

 六キロ地点には教頭先生が立っていた。

 またも生徒たちの中には教頭先生に対して「きょうとうー」と笑顔で手を振っていく奴らがいる。

 まったく……。

 俺はそれを見ないように顔を背けると、俺が顔を向けた先にボールを壁に蹴って遊んでいる男の子がいた。

 一人か……?

 危ないなぁ。

 マラソンコースは普通の車道なので当然車も行き来している。

 もしボールを追って車道に飛び出しでもしたら大変だ。

 俺はなんとなく胸騒ぎがしてその男の子から目を離せずにいた。

 昔から俺の勘は当たってほしくない時ほどよく当たる。

 見ていると、男の子が蹴ったボールが壁に跳ね返り車道に飛び出てしまった。

 男の子はボールを追って車道へとことこと入っていく。

 その時、車道には大型トラックが迫ってきていた。

「危ないっ!」

 俺は口にするより早く男の子のもとへ駆け出していた。

 そして、

 キキキキキキィィィ……ドンッ!!

 男の子は無事助けることが出来たが、その代わりに俺は大型トラックにはねとばされ数メートル宙を舞った。

 

 ……全身が金縛りのようになって動けない中、俺は自分の体をその目で確認する。

 血だ。

 赤黒い血が道路にあふれて水たまりのようになっている。

 周りの生徒たちは悲鳴を上げ、教頭先生は携帯電話に向かって必死に何かを叫んでいる。

 ……熱い。

 ……眠い。

 時間の感覚がなくなってきた。それに手足の感覚も。

 夢とも現実とも区別がつかない中、サイレンの音だけが妙にはっきりと聞こえてくる。

 あー……眠いのにサイレンの音がうるさいな。

 

 そんな時、さくらが救急隊員の制止を振り切り俺のもとへ駆け寄ってくると、俺の顔を両手でがっしりと掴んだ。

 何か言っている。

 あれ……?

 さくらの奴……泣いているのか?

 薄れゆく意識の中、俺は目に涙を浮かべ狼狽するさくらを視界にとらえていた。

 これは夢だなきっと……さくらが泣くわけないもんな。

 次の瞬間――

 さくらは俺の唇に自分の唇を重ねた。

 ふん……ほら見ろやっぱり夢だ、こんなこと……現実のわけがない。

 ……それにしても……こんな夢を見るなんて……俺はどうかしているな……。


ゆっくりと目を開けると、ハンカチを持って俺を心配そうにみつめる母さんの顔が視界に入ってきた。

「良太、起きたの? 大丈夫? どこも痛くない?」

「……ん、ああ、大丈夫だけど。ここはどこだ?」

「病院よ。仕事していたら学校から電話があってあんたがトラックにはねられたっていうからもう心配で心配で……」

 俺は上半身を起こし周りを見た。

 確かに俺がいるのは病室のベッドの上だ。

「本当になんともないの?」

 俺の体を触りながら言う。

「ああ」

 トラックにひかれたのは現実だったのか……。

 じゃあどこからが夢だ?

「救急隊員の方が言うには、大量の血が出てたのに軽傷だったのは奇跡としか言いようがないって……」

 母さんは目頭をハンカチで押さえる。

「手術室まで連れていかれたらしいんだけど、輸血だけで済んだんだって言われたのよ。あんた、本当にどこも痛くないの? 大丈夫なの?」

「何回も訊くなよ、大丈夫だってば」

「そう……じゃあ母さんはお医者様にあんたが目を覚ましたこと伝えに行ってくるから。あんたはおとなしくしてるのよ」

「あいよ」

 いつもは能天気な母さんの不安そうな顔を見たのは、父さんが闘病していた時以来かもしれない。

 母さんの後ろ姿を見送りながらそんなことを思った。

 それより今何時だ?

 俺が改めて部屋を見回していると、

 トントン。

 病室をノックする音がした。

「はい、どうぞー」

 誰だろう。母さんが先生を連れて戻ってきたのかな……。

「すみません。失礼します」

「失礼しま~す」

「……失礼します」

「入るわよー」

 流星たちがそろりと病室に入ってきた。

「おお、みんな」

「具合はどうですか?」

 流星が訊いてくる。

「ああ、問題ないよ。ぴんぴんしてる」

 むしろお前の方がげっそりしているぞ、大丈夫か?

「真柴くん、ほんまに平気なん? みんなの話だとすごい事故やったって聞いたで」

「はぁ。でも奇跡的に輸血だけで済んだようです」

「ほんま? きっと真柴くんの日頃の行いがよかったせいやな~」

 俺の手をぎゅっと握りしめる土屋さん。柔らかくて小さい、子どもみたいな手だ。

「そんなわけないでしょ、みどり」

 と俺と土屋さん二人だけの時間に水を差すさくら。

「どういうことや? さくらちゃん」

「あたしの力で生命力を分け与えてやったのよ。だから良太は助かったの。じゃなかったら良太は今頃あの世に行ってるところよ」

 え、マジで……?

 俺は流星の顔を見た。

『マジです』

 流星の声が頭の中に響いてくる。流星お得意のテレパシーだ。

 もちろんお前がやったんだよな?

『はい。瀕死の人の傷を治すのは初めてでしたけどね。出来てよかったです』

 そっか、お前は俺の命の恩人てわけだな……ありがとうな。

『いえいえ。それを言うなら真柴先輩の方こそ、男の子の命の恩人じゃないですか』

「ちょっと良太聞いてるのっ? あたしに感謝の言葉はないわけっ」

「あ、ああ。悪い。ありがとう」

「さくらちゃん、そんなことも出来るんや~。すごいなぁ。ねぇ、それってどうやってやったん?」

「べ、別にやり方はどうでもいいでしょ」

「え~、気になるやん。教えてぇな~」

「あたしにしか出来ないことなんだからみどりに言っても意味がないでしょ。それにあんたたち十位入賞どころか完走も出来なかったじゃないの。だからはいっ、この話はおしまいっ」

 手を叩き強引に話を切り上げると、

「じゃああたしたちは学校に戻るから。あんたのために表彰式抜け出してきたんだからねっ」

 さくらは病室をさっさと出ていってしまった。

「さくらちゃん、待ってぇな~」

 土屋さんも出ていく。

「姉さん優勝したんですよ、マラソン大会。ではまた明日」

「おう、また明日な」

 お辞儀をして流星も二人の後を追う。

 そしてずっと黙っていた高橋もとことこと病室を出ていくのかと思いきや、ドアの前で立ち止まった。

 俺の方に向き直る高橋。

「どうした?」

「……今回さくらは世界の理を大きく捻じ曲げた。瀕死のあなたを助けるために力を使ったことでこの世界にひずみが生まれた」

 高橋は無表情で淡々と言う。

 ひずみが生まれるとは高橋が前から忠告していたことだが。

「それってどういうことなんだ? 具体的に何がどうなるんだ?」

 もし本当に何かが起こるなら責任の一端は俺にもある。

「……言えない」

「言えないってどういうことだよ? 高橋」

「……」

 無言。

 すると病室のドアが開いて母さんが医者の先生を連れて戻ってきた。

「あら、お友達?」

「……」

 高橋は母さんに会釈をしてから再度俺を見る。

「……さくらのしたことは不本意。でもあなたが助かってよかった」

 高橋はそう言い残して病室をあとにした。

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