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ようこそ、文芸部へ  作者: シオヤマ琴


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第20話

 そして次の日の放課後。

 俺が部活に行く準備をしながら織田とアニメ談議に花を咲かせていると、

「良太いるー!」

 俺の名前を呼ぶ声が教室内に響き渡った。

 もう嫌な予感しかしない。

 俺のことを良太と呼ぶのは母さんかさくらだけ。

 もちろん母さんが学校にいるわけはないから声の主は……。

「良太、いるなら返事しなさいよねっ」

 声の主であるさくらが俺の真後ろに立っていた。

「お前なんでここにいるんだよ。ここは二年の教室だぞ」

「そんなこと知ってるわよ。バカなの?」

 頼むからクラスのみんなの前でいつもの振る舞いをしないでくれ。

 俺にも立場ってものがあるんだ。

 幸か不幸かクラスの大半はすでに部活に行ってしまっていないが、それでも後輩の女子に呼び捨てにされる様を見られるのは俺の沽券にかかわる。

「ちょっと今日持ち物が多くて、一人じゃ部室まで運びきれないから手伝って」

「流星がいるだろ。あいつに頼めよ」

「流星は週番で忙しいから無理なのよ。いいから早くあたしのクラスに来なさいよっ」

 俺の腕を引っ張り強引に連れ出そうとするさくら。

「真柴氏、こうなったら観念するでござる。粘ってもより醜態を晒すだけでござる」

 手を合わせて拝む織田。他人事だと思って。

「ほら、ござるも言ってるじゃない。早くしなさいっ」

「わかったって。行くから一旦手を放せ」

 さくらの手を振り払った。

 すると、

「さくらちゃん元気? この間はありがとうね。水族館楽しかった」

 高木さんが声をかけてきた。

 よりによって今じゃなくても高木さん。

「あーどうも」とそっけない返事をするさくら。

「学校で一、二を争う美少女が話してるぜ」なんてクラスメイトの声がちらほら聞こえてくる。

 確かにはたから見ればなんて画になる光景なのだろうか。

 俺が監督なら、このまま映画でも撮りたいくらいだが、残念ながらその片割れは性格が破綻している。

 さくらは俺を睨みつけ、

「良太、いい加減にしないとマジで殺すわよっ」

 たんかを切る。

 後輩を殺人犯にはさせたくないし、何より俺が死にたくないから、仕方なく織田と高木さんに別れの挨拶だけ済ませ、俺はさくらと教室を出た。

 一年の教室に寄ってさくらからスーパーの袋を四つ受け取る。

「重っ! なんだこれ?」

「まだ中見ちゃ駄目よ! もし勝手に見たら――」

「殺すんだろ」

 

「みんなお待たせ!」

 両手にスーパーの袋を持ってさくらが部室のドアを蹴り開けた。

「わわっ、さくらちゃんそれなんなん? あら真柴くんも一緒やったん?」

「はぁ、いろいろありまして……」

 部室には土屋さんと高橋がいた。

 土屋さんは教科書を開いて授業の予習だか復習だかをしていたようだ。

 高橋は部室の隅っこでお決まりの読書中だった。

「今日流星くんがおらんみたいやけど?」

「あー流星なら週番だから気にしなくていいわ」

 テーブルの上にどさっと袋を置く。

「流星くんの代わりに美帆ちゃんが部室の鍵開けててくれたんやもんな~」

「……」

 文庫本から目を離さずこくんとうなずく高橋。

「多分今週は流星は遅いと思うわ。そんなことよりいいからこれ見てよこれっ」

「なぁ~に?」

 土屋さんは立ち上がって袋の中を覗き込んだ。

「なんやこれ?」

「何を隠そう、これはプロテインよ!」

「ぷろていん?」

 土屋さんがアホな子みたいに訊き返す。

 なるほど昨日さくらが言ってた秘策ってのはこれか。……秘策でもなんでもねぇ。

 それにしても……。

「プロテインて結構高いんじゃないのか? 金は大丈夫か?」

「心配ないわっ。こういう時のために部費があるんだからっ」

「は? ……お前まさか部費全部使ったんじゃ――」

「使ったわよ」

 当然のごとく言い切る。

 そして愕然とする俺を無視して、

「さあマラソン大会までもうあまり日がないわ、今日から大会までの部活動はプロテインを飲んで体力トレーニングをするわよっ!」

 さくらが声高に宣言する。

「うち体動かすの苦手やな~」

「……興味ない」

「そんなこと言ってるからいつまでたっても文芸部は文芸部のままなのよっ」

「ほぇ~、ようわからんわ」

「……わたしたちは文芸部だから構わない」

 さすがにわけのわからないさくらの弁に従って動くほど土屋さんも高橋もバカではない。

 少し黙り込んださくらは、

「……わかったわ。今度のマラソン大会で上位十番以内に入ったら、特別にあたしが超能力の極意を伝授してあげるわっ。それでどうっ?」

 どうもこうもさくらには超能力などないのだが……。

 しかしそれを知らない土屋さんと高橋は、

「う~ん、そんなら頑張ってみよかな~」

「……検討する価値はある」

 心変わりしたみたいだ。

 はぁ……面倒くさ。


 放課後に文芸部が校庭で走っているという話はあっという間に学校中に広まった。

 天馬さくらがまた妙なことをしているとクラスの連中が口々に噂している。

 文芸部の株を上げたいはずなのに、既に逆効果になっているぞ。大丈夫か? さくら。

「真柴氏、今度は何をやっているのでござるか? 文芸部は」

「マラソン大会の練習」

 俺はカレーパンを口に含みながら答えた。

「マラソン大会? 文芸部なのにでござるか?」

「そうだよ。今度のマラソン大会、本気で優勝する気らしい」

 一年生から三年生の男女混合で走るマラソン大会で、さくらはマジで優勝を狙っている。

「陸上部も出るのでござるよ」

「わかってるさ」

「それに高木氏もいるでござる」

 高木さんは茶道部だが運動神経抜群なので、体育の授業ではうちのクラスの陸上部男子より速い。

 だが、何をやらせても器用にこなすのは高木さんだけではなくさくらもまた同じだ。

モデルのような長い足から繰り出される幅広いストライドは陸上部以上かもしれない。

「真柴氏も優勝を狙っているのでござるか?」

 織田がメロンパンを頬張りながら訊いてくる。

「まさか」

 アニメの知識くらいしか人に勝るもののない俺が陸上部をさしおいて優勝なんて無理に決まってるだろ。

 十位入賞だって夢のまた夢だ。

 と、

「真柴、おめぇらなんで毎日校庭で走ってんだよ」

 小杉が話しかけてきた。

 小杉は口は悪いが性格はめちゃくちゃいい奴だ。そこがさくらとはまるで違う。

「マラソン大会に向けて練習してるんだよ」

「マジかよ!? 文芸部なのにやるなおめぇら。で、どうなんだよ練習の成果は出てんのか?」

「プロテインを飲んで毎日走ってるだけだ、大した成果は出てないな」

「そりゃそうだぜ。たった何日か走っただけで体力がつくわけねェもんな。でもまあやるからにはいい勝負しようぜっ」

 小杉が拳を見せてくる。

「?」

「真柴氏、おそらくグーパンチしろって意味でござろう」

「ああ、そうか」

 俺は拳を握り小杉の拳と合わせた。

「じゃあな、頑張れや」

 腕を振り上げながら小杉が去っていく。

 そういえば小杉の奴は陸上部だったっけ。

 昼休みが終わり、五、六、七時間目の授業とホームルームを済ますと、俺は教室でジャージに着替えた。

 この学校には男子用の更衣室などないし、文芸部の部室は土屋さんたちが着替えに使っているから仕方がない。

 そして校庭に出ると、ジャージ姿のさくらが陸上部以上のスピードで校庭を回っていた。その後ろを流星がどたどたと走っている。

 一年生だから七時間目の授業はなかったのだろう。

 ……それにしても長い手足を大胆に振って走っている、いいフォームだ。

 俺は陸上のことは何も知らない素人だが、それでもさくらの走っている姿はきれいでかっこいい。

 陸上部の生徒たちもさくらの走る姿に目を奪われている。

 あいつが文芸部ではなく陸上部にでも入っていれば、きっとなんらかの記録は打ち出せていただろう。

「あ、良太。やっと来たわね」

 俺が来るまでずっと走っていたはずなのにあまり息を切らしてはいない。

 小杉の言葉とは裏腹に、この数日で明らかにさくらの体力は上がっていた。

 長い黒髪をポニーテールにして体を動かす気満々のさくらは、

「じゃあ一緒に走りましょ」

 と言ってくる。

 待て待て、陸上部より速いお前と一緒になんか走れるわけないだろ。

「もうすぐ土屋さんと高橋も来るからそれまで準備運動させてくれ」

「何よ。だったらあたしはもう何周か走ってくるわ」

 そう言うなりさくらは颯爽と駆け出していった。

 入れ替わりに流星が汗だくで「はぁ、はぁ」と俺のもとへ近寄ってくる。

「大丈夫か? お前」

「はぁ……はい、だ、大丈夫……はぁ、です」

 大丈夫そうには見えないが。

「ちょっと休めよ」

「……はぁ、はぁ、そうします……」

 どすんと地面に腰を下ろした。

 双子なのにやはり似ていない姉弟だ。

 さくらが校庭を三周走り終わった時、

「お待たせ、真柴く~ん」

「……」

 ふらふらと駆け寄ってくる土屋さん。そしてその後ろからは眼鏡を外した高橋が歩いてくる。

 ジャージを着た二人の姿はまだ少し違和感がある。

「これでやっと全員揃ったわね。じゃあ今日からは本番のマラソンコースを走るわよっ」

「え~、本番て八キロやろ。それ走んの?」

「当り前じゃない。練習で出来ないことは本番でも出来ないわよ」

 もっともらしいことを言うさくら。

 お前もう陸上部に入ったらどうだ。

「あたしが八割くらいで走るからみんなはあたしについてきなさい。それが出来ないようじゃ十位入賞なんて無理だからねっ」

「さくらちゃんはスパルタやな~」

「……やってみる」

「ふ~……わかったよ姉さん」

 みんな意外とやる気だが、俺より遅い三人がどう頑張ってもさくらについていくことなど出来るわけがない。

「行くわよ。よーいスタート!」

 言うが早いか、さくらはスタートダッシュをかける。

 そのあとを俺、高橋、土屋さん、流星の順で追っていく。

 高橋は本の虫のわりにはそれほど悪くはない走りを見せる。

 土屋さんは小柄な体と大きな胸が邪魔をしてあまり進んではいない。

 流星はというと、もうすでに息が上がっていた。

 見ると、さくらはあっという間に校門を出てマラソン大会のコースを走っている。

 相変わらずの速さだ。

 あれで八割なら本当に優勝もあり得るかもな。

 結局、さくらについて走れた者はなく、俺たちさくら以外の文芸部員が三日間の練習で得たものは筋肉痛だけだった。……やれやれ。

 そして練習の甲斐もなく俺たちはマラソン大会当日を迎えたのだった。

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