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第2話

「なんですと!? 真柴氏、昨日文芸部に行ったのでござるか?」

「ああ、行くつもりはなかったんだけどついな……」

「そ、それでどうなったでござる?」

 織田が心配そうに訊ねてくるが、

「別にどうもなってないけど」

 これは本当のことだ。

「おかしな人間はいなかったでござるか?」

「まあちょっとだけ変わった奴はいたな」

 高橋美帆。

 昨日会った寡黙な文芸部員。

「ちょっとだけでござるか?」

「でも悪い奴じゃなさそうだし……文芸部も悪くないかもな」

「いやいや、考え直した方がいいでござるよ」

「そうか? 静かでいい雰囲気だったけどなぁ」

 俺は文芸部室みたいな落ち着いた空間は嫌いじゃない。

 よくよく考えれば、高橋だって置き物みたいで人畜無害そうだし。

「実は今日も放課後見学に行ってみようと思ってるんだ」

「なんと真柴氏、お主は勇者でござるな~。いや、あっぱれでござる」

 織田がおもむろに席を立って柏手を叩く。

 目立つからやめろ。

 そして放課後、俺は織田に言った通り文芸部室へと向かった。

 野球部員のかけ声を背にして、旧部室棟へと続く渡り廊下を進んでいく。

 そのまま旧部室棟を直進して、突き当たった一番奥に文芸部室はある。

 俺は【文芸部】と書かれた部屋の前で一旦呼吸を整えると、ドアをノックした。

 トントントン。

「失礼します」

 と一言断ってからドアを開ける。

 すると俺の目に飛び込んできたのは、制服を脱いでいる途中の下着姿の女子生徒。

「きゃあぁぁ!」

 女子生徒はとっさにその場にしゃがみ込む。

「わっ、ごめんなさいっ!」

 俺はすぐにドアを閉めた。

 俺はドアを背にして胸を押さえる。

 心臓がばくんばくん早鐘を打っている。

 誰だよさっきの女子生徒は……。

 文芸部員か? なんで服を脱いでいたんだ?

 俺はさっき見た光景を思い返した。

 脱ぎかけていた制服の上着の胸部分には三本線の入った校章がつけられていた。つまり三年生だ。

 一瞬見ただけにしては写真のように鮮明に画が脳裏に刻まれている。

 我ながらすごい記憶力だ。

 う~ん、それにしても小柄な体にしては結構胸が大きかったな……と不純なことを考えていると、

「え、え~っと……もうええで、入っても」

 と控えめな声がドア越しに届いてきた。

 俺はおそるおそるドアを開ける。

「すいません、失礼します」

 中にはちゃんと制服を着た女子生徒が顔を赤らめながら立っていた。

「さっきはすいませんでしたっ」

 俺は頭を下げる。

「ううん、ええの。気にせんといて。うちが鍵をかけなかったのがいけなかったんやから」

 と手を顔の前で小さく振る。

「あ、えっと自己紹介するわ。うちは三年の土屋みどり。一応この文芸部の部長やで。この口調は気にせんとってな、転校が多かったからこんな喋り方になってもうたんや。それでもしかしてやけどきみは真柴くん?」

「あーはい、そうですけど。なんで俺の名前を?」

「昨日部室で美帆ちゃんに会うたやろ。美帆ちゃんからLINEが送られてきたんや。真柴良太くんって男子生徒が文芸部に顔を出すかもしれないからよろしくお願いしますって」

 美帆ちゃん? ああ、高橋のことか。

 あいつLINEなんてやるのか……。

「そうだったんですか。それで高橋は?」

「今日は風邪で学校休んでるみたいやねん。大丈夫やろか?」

 土屋さんは心配そうな顔で俺をみつめる。

「さあ、どうでしょう」

 俺に訊かれても困る。

「真柴くんは転校生やから部活見学に来たんやね?」

「転校生ってことも知ってるんですか?」

「えっ、え、え~っとほら美帆ちゃんから聞いて……」

「高橋から?」

 俺昨日高橋にそんなこと話したっけなぁ……。

「ま、まあそんなことより部活動の説明をするわっ」

 手をぱんと叩き話し始める土屋さん。

「文芸部は基本何をしてもかまへんのよ。好きな本を読んでもええし、私小説を書いてもええし、テスト勉強してもええ。時間を好きに使うてくれたらええわ」

「へー、そうなんですか」

 部活に強制参加のこの学校では自分の自由な時間がなくなると思っていたが、ここならテスト勉強も出来るしありがたい。

「でもそんないい部活なのに部員は四人しかいないんですよね」

「うっ……まあそうやね。前まではもっとおったんやけどいろいろあってみんな他の部に移ってしもうたんよ」

「はぁ。いろいろですか」

「ちなみに他の二人の部員は今日はいないんですか? 昨日もいませんでしたけど」

「あ、えっとそれは……そ、そうや、二人とも課外活動に行っとるんやった。うん。そうやそうや」

 まるで自分を納得させるかのように何度もうなずく。

「文芸部で課外活動って一体――」

「どうやろ? 文芸部に入ってくれる?」

 土屋さんは俺の言葉をさえぎり、急に俺の手を取り両手で握りしめながら言ってきた。

 身長差から自然と上目遣いになる土屋さん。可愛い。

「えーと……そうですね。もうちょっとだけ考えてもいいですか?」

 魅力的なお誘いだが他の部も見て回りたいし、それに何より織田と高木さんの言葉が気になる。

「……そうやんね。すぐには決められへんよね」

 しゅんとしてしまう土屋さん。

 そんな姿を見るとちょっとだけ胸が痛い。

「あの……一ついいですか?」

「ん、何?」

 俺は気になっていることをぶつけてみた。

「友達が文芸部には入らない方がいいって言ってたんですけどどういう意味でしょうか?」

「えっ……そ、そんなこと言われたん? え、えー、なんでやろ、うちわからへーん」

 明後日の方向を見てヒューヒューと土屋さんは口笛を吹く真似を始める。

 なんとも白々しい。

 ……この人は多分嘘がつけない人なんだな。

「わかりました。変なことを訊いてすいませんでした」

 口を尖らせたままの土屋さんを置いて、俺は文芸部室をあとにしたのだった。

 次の日、俺は朝から少し風邪気味だった。

 学校へ行くかどうか迷ったが、転校したばかりで休むのもどうかと思い、意を決して家を出てきた。

 だがどうやらそれは間違いだったようで三時間目の体育の途中、俺はふらふらっとめまいがして、保健委員の小杉に肩を支えられ保健室に連れてこられた。

「悪いな、小杉」

「気にすんじゃねぇよ。誰だって気分が悪い時くらいあらあ」

 口は悪いが性格のいい小杉に「ありがとうな」と言って、俺は保健室のベッドに横にならせてもらった。

 保健の先生が、

「もういいからきみは授業に戻りなさい」

 と言うと小杉は「ちゃんと寝るんだぞ、真柴っ」と最後まで俺の心配をしながら保健室を出ていったのだった。

「彼の言う通りちゃんと寝るのよ」

 保健の先生が俺に毛布を掛けてくれる。

「先生はちょっと出てくるけど一人でも大丈夫ね」

 そう言うとカーテンを閉め、保健室からいなくなる。

 保健室のベッドに横になるのは初めてだが、思っていたより意外と柔らかい。

 みんなが授業を受けている中寝るというのは少し後ろめたさがあったが、俺は目をつぶると疲れていたのだろうか、すぐに眠りについてしまった。

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