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第17話

 電車を乗り継ぎ、最寄り駅から歩いて五分。

 俺たちはようやく西部水族館に到着した。

「時間ぴったりだね、姉さん」

「当然でしょ。あたしの計算に狂いはないわっ」

 十時からの開園ぴったりに西部水族館の入り口のゲートをくぐる。

 入り口でもらったパンフレットを確認するさくら。

「えーと……イルカショーはまだみたいね。じゃあ先に美帆が見たがってたくらげを見にいきましょ」

「……うん」

 くらげのいる場所へ向かう途中、

「荷物重くない? やっぱり自分で持つよ」

 気を遣ってくれる高木さんだが、

「いいのよ、お昼ご飯をあたしたちが作る代わりに良太たちが荷物持ちをするって約束なんだから」

 さくらはそれを一蹴する。

「お弁当作るために早起きしたんだから、その分男どもには頑張ってもらわないと割に合わないわ」

「ごめんな、二人とも。その代わりお昼は期待しとってな」

「……わたしも頑張った」

 絆創膏を指に巻いた手を広げて見せてくる高橋。

 これからくらげが見れるせいか、いつもよりちょっとだけテンションが高い気がする。

「どうしよう……私聞いてなかったから、お弁当自分の分しか持ってきてないけど……」

 テンパる高木さん。

「ああ、悪い。俺の連絡ミスだから気にしなくていいよ。みんなで食べよう」

「そやで~。みんなで仲良く分け合って食べたらええわ」

「は、はい、ありがとうございます」

 高木さんもすっかり文芸部に馴染んでいるようだ。

 水族館に入るとくらげがいるコーナーに向かって歩いた。

 実はみんなには黙っていたが俺は水族館が大好きだ。

 特に水族館の薄暗い照明がなんとも言えない。

 だから内心わくわくしていたのだ。高橋以上に水族館に来れて嬉しいのは俺かもしれない。

 広い水槽を多種多様な魚が自由に泳ぎまわる姿を見るのは開放的で気分がいいし、チンアナゴなどの変わった生物を見るのもまた楽しい。

 俺は次々に目に入ってくる海洋生物に目移りしながらみんなの後をついて回った。

 そして高橋のお目当てのくらげゾーンに着いた。

「可愛いね、高橋さん」

「……癒される」

 高木さんと高橋は水槽ギリギリまで近寄って、ぷかぷかと水中を漂うくらげたちを眺めている。

「おい、水槽に触るなよ」

「……わかってる」

 俺の声に振り返ることもせず言葉だけ返す高橋。

 しばらくしてくらげに飽きたのか、

「あっ、あっちにペンギンがいるじゃないっ」

「ほんまや、うちもペンギン見る~」

 さくらと土屋さんはペンギンのいる方へ走り出した。

「あっちょっと、二人とも走っちゃ駄目ですよっ」

 流星の声が館内に響く。

「まったく土屋さんまではしゃいでるんだからな」

「みなさん水族館が好きなんですね」

「お前は好きじゃないのか? 水族館」

「好きじゃないことはないですけど、正直魚を見て何がそんなに楽しいのかよくわかりません」

 と流星が言う。冷めた奴だな。

「あのお二人はくらげのところから動きそうにありませんし、僕たちも先に進みますか?」

「そうするか」

 俺と流星はさくらたちの後を追うようにしてペンギンのコーナーへ足を向けた。

 ペンギンのコーナーには沢山の子どもたちや親子連れがいて、ペンギンを食い入るようにみつめていた。

 そこに混じってさくらと土屋さんもペンギンを見ている。

「良太見なさいよペンギンよ。南極の生き物がこんなところで見られるなんて奇跡だわっ」

「そういうもんだろ水族館は」

 奇跡でもなんでもない。

「これで入場料分の元は取ったようなもんね」

「現実に引き戻すようなこと言うなよな」

 俺は今、非現実的な空間に浸っているのだから。

「ペンギン可愛ええなぁ。持って帰りたいくらいや~」

 柵に手をつき身を乗り出すように眺める土屋さん。

「土屋さん、気を付けてくださいね」

「うん。大丈夫や」

 土屋さんは背が低いのに重心は上の方にあるので柵の向こうに落ちないかはらはらする。

 するとペンギンの柵の中に入っていた飼育員の女性が、

「誰かペンギンさんにえさをあげてみたい人はいますか~?」

 と募る。

 子どもたちが「はーい!」と手をあげる中、横を見るとさくらも一緒になって「はーい!」と手をあげていた。

「おい、子どもたちに言ったんだと思うぞ」

 俺はさくらの腕を肘で小突く。

「何よ、そんなことあのお姉さんは一言も言ってなかったわよ」

「空気を読め。周りは子どもばかりだろうが」

「空気なんて読んでるから日本人はなめられるのよっ……飼育員さん、はーい! はーい! こっちよこっち!」

 さぞかし飼育員さんも驚いたことだろう。

 小さい子どもたちに混じって上下革でかためた、のっぽの黒ずくめの女が大声上げて自分に手を振っていたのだから。

 強引なやり方でペンギンにえさをやる権利をゲットしたさくらは、ペンギンのいる柵の中へと入っていく。

「さくらちゃん、ええな~」

 さくらを羨ましそうにみつめる土屋さん。

 土屋さんならあそこの子どもたちに混ざってもあまり違和感はなかったかもしれない。

「さあ、ではお魚を頭の方からあげてください」

 飼育員さんの合図で一人一人ペンギンにえさをやっていく子どもたち。

 そして一番最後にさくらの番が来た。

「良太見てなさい。あたしがペンギンを操ってみせるから」

 頼むから名前を呼ぶな。俺を見るな。

 周りの子どもたちや親子連れが俺に注目してしまうだろ。

 俺は目立ちたくないんだから……ん?

 操る?

 俺が疑問に思ったのと同時に、さっきまで好き勝手動いていたペンギンたちがさくらの前にきれいに整列した。

「ほら、良太すごいでしょ。ご褒美に魚をあげるわ」

 さくらの前にいたペンギンにえさをやる。

 そして、

「じゃあ今度はみんなして水中に飛び込みなさい!」

 さくらが手を振り上げるとペンギンたちはものの見事に順番に水中に飛び込んでいく。

「わぁー、すごい!」

「お姉さんすげー」

「ペンギンさんかしこ~い」

 子どもたちから声が飛ぶ。

「いぇーい、ありがとうー」

 みんなに手を振るさくら。

 いいから早く戻って来い。飼育員さんが唖然としているだろ。


「まったく……どうせお前がやったんだろ」

 俺は周りに聞こえないように流星に言った。

「バレましたか」

「当り前だ」

 ペンギンは普通あんな芸当はしないからな。

「お前、ちょっとさくらを甘やかしすぎだぞ。あんまりほいほい超能力を使うなよな」

「そうですか? すみません」

「高橋も言ってただろ、力を使い過ぎるとよくないって……」

「世界にひずみが……でしたよね」

 本当かどうかはわからないし、世界にひずみが生まれたとしてどうなるかなんて知らないが、常軌を超えた力はあまり使うべきではないとは俺も思っている。

「わかりました。これからはなるべく使わないようにします」

 とか言いながらさくらのためなら力を惜しまず使うんだろうな、こいつは。

 戻って来たさくらの周りには子どもたちの群れが出来ていた。

 そりゃそうだ。あんなイリュージョンみたいなことを目の前でやられたら子どもは食いつくさ。

 しばらくあいつの近くには行かないでおこう。

「どうしたの真柴くん? えらい騒ぎだけど」

 と後ろから高木さんの声。

 見ると高木さんと高橋が立っていた。

「ちょっとさくらがな……それより二人ともくらげはもういいのか?」

「え、うん」

「……堪能した」

 高橋はむふーと珍しく満足気な顔をしている。

「あ、みさとちゃんと美帆ちゃん、こっちペンギンおるで~」

 土屋さんがおいでおいでする。

「あ、はい今行きます」

「……ペンギン」

 二人は素直に土屋さんのもとへと駆けていった。

「そろそろイルカショーが始まる時間ですよ。姉さんたちを誘って早く行きましょう」

「ん、もうそんな時間か?」

 スマホを見る。時刻は十一時になろうとしていた。

「俺トイレ行ってくるから先にみんなと行っててくれないか?」

「はい。わかりました」

 俺は流星に荷物を任せ一人トイレへと急ぐ。

 ……というのは口実で、本当は一人で土産物売り場へと向かっていた。

 さくらが言うには帰りに土産物売り場には寄るらしいのだが、俺は一人で母さん用の土産を見繕いたいのだ。

 別にみんなと一緒に選べばいいと思うかもしれないが、そこは俺も今時の男子高校生。母さん用に土産を買うところをみんなに見られるのは恥ずかしい。

 俺は大きい方だと勘違いされないように、急いで手近にあったくらげの小さなぬいぐるみを買うと、ポケットに忍ばせた。

 そして、みんなが待っているであろうイルカショーの行われる会場に足を運んだ。

 会場にはすでにみんなが集まっていて、客の入りも上々だった。

「おっそい良太。席取っといてやったんだから感謝しなさいよねっ」

 そう言いながらさくらは自分の隣の席をばんばんと叩く。

 俺は「すいません」と人の波を避けながらさくらの隣に腰掛けた。

「遅いから抜け駆けして一人でお土産でも買いに行ってるんじゃないかと思ったわ」

 うっ……妙に勘の鋭い奴。

「はっ、そんなわけないだろ」

「そうよね。お土産屋さんは帰りに寄るってちゃんと言っておいたもんね」

「ああ、そうだな」

 これはバレたらまたうるさいぞ。

「ながらくお待たせいたしました! これよりイルカショーを開催したいと思います! みなさんイルカさんたちに大きな拍手をお願いします!」

 マイクを持った飼育員の女性が登場した。

 続いてイルカたちが挨拶がてら回転しながら水上にジャンプした。

 会場から「「「おおー!」」」と拍手と歓声が上がる。

「ねぇ良太今の見た? やっぱり生で見ると迫力があるわねっ」

 興奮気味に俺の肩を揺らすさくら。

「ああ、そうだな」

 水族館は好きだが人混みが嫌いな俺はイルカショーを見るのは初めてだ。

 さくらの言う通り生で見ると迫力が違う。

 イルカたちは飼育員さんの合図に合わせて水上を尾びれで走ったり、高い位置にあるボールを蹴ったりした。

 そのたびに会場からは大きな歓声が上がった。

 もちろん俺の隣にいるさくらからもひときわ大きな歓声が上がる。そして激しく揺らされる俺の肩。

 興奮するのはわかるがもう少し落ち着いて見れないものだろうか。

 「みなさんありがとうございました! 次のイルカショーは午後二時からになります! では頑張ってくれたイルカさんたちにもう一度大きな拍手をお願いします!」

 三十分のイルカショーはあっという間に終わった。

「はぁ~。いっぱい叫んだからお腹がすいたわ。そろそろお昼にしましょ」

 とさくら。

「うちもお腹ぺこぺこや~」

「僕もです」

 土屋さんと流星がお腹をさする。

「ちょっと行ったところにベンチがあったわよね、そこで食べましょ」

 言うと、さくらはイルカショーの余韻に浸ることもなく、さっさと会場をあとにした。

 俺たちもそのあとに続くのだった。


 みんな考えることは同じなようで、ベンチはすでにどこもかしこも満員だった。

「なんなのよこれ、お昼どこで食べればいいわけ?」

 さくらの機嫌が悪くなりかけた時、

「真柴くん、これ見て。この広場だったら地面にシートか何か敷けばそこで食べられるんじゃない?」

 高木さんが水族館のパンフレットを俺に開いて見せた。

 高木さんが指を差しているのは西部水族館の敷地内にある芝生の生えた広場。

「本当だ。ここならいいかもしれないな」

「うちレジャーシートなら持ってきとるで~」

 と土屋さん。

「おお、最高じゃないですか。じゃあこの広場に行って昼飯にしましょう」

「お~!」

 土屋さんが小さい腕を振り上げた。

「みんなもそれでいいよな?」

「もちろんです」

「うん、いいよ」

「……構わない」

「べっつにいいけどー」

 言葉とは裏腹にあまりよさそうではないさくら。

 何が気に食わないんだか。

 広場には子供連れの家族やカップルが沢山いたが、それでも座れる場所は余裕であった。

 土屋さんのレジャーシートを俺と流星で広げる。

「うわー。大きいレジャーシートですね」

「ふふっ、そうやろ。これ十人用のレジャーシートやもん」

 高木さんが驚くのも無理はない。

 土屋さんのレジャーシートは半分でも充分なくらい大きかった。

「じゃあお弁当ね。良太あたしのリュック貸して」

「はいよ」

 一番重たいリュックを渡す。

 中にダンベルでも入れてるのかっていうくらいさくらのリュックは重かった。

「じゃーん! あたしのお弁当はこれよっ!」

 さくらがリュックの中から出したのは五段重ねのお重だった。

「ほら、中身も自信作よっ」

 お重の中には豪華なおかずとおにぎりがぎっしり詰められていた。

「うわー、すごい。さくらちゃんてお料理上手なんだね」

「べっつに。それ程でもないけど」

 さくらは高木さんの褒め言葉につっけんどんな態度で返すも表情は嬉しそうだ。

「じゃあ次はうちや。さくらちゃんと比べると見劣りするかも知らんけど……」

 そう言って土屋さんは可愛らしいお弁当箱を三つ取り出した。

 それぞれにおにぎりとおはぎといなり寿司が入っていた。

「おいしそうですね、土屋先輩」

「いっぱい食べてな~」

 流星の声に両手を広げる。

「最後は美帆ね。美帆はどんなお弁当にしたの?」

「……わたしのはこれ」

 高橋がリュックから出したのは大きな水筒二つ。

「これなんだ? 飲み物か?」

「……ちょっと違う」

 俺の問いに首を横に振る高橋。

「……豚汁」

「豚汁? 中見てもいいか?」

「……うん」

 水筒を開けると確かに中には豚汁が目一杯入っていた。

「二つとも豚汁か?」

「……うん」

 なるほど、どうりで高橋のリュックも重かったわけだ。

「ごめんなさい、私だけ何も持ってきてなくて……」

 高木さんが謝るが、

「それは俺の連絡ミスだって言ったろ。悪いのは俺なんだから気にすることないぞ」

「そうよ。良太が悪いんだからあんたが反省しなさいよねっ」

「みんなで食べればええんやって」

「僕も持ってきていませんから」

「……わたしの豚汁も飲んで」

 みんなが口々にフォローする。

「さっそんなことよりさっさと食べましょ」

「いただきま~す」

「……いただきます」

 俺たちは三人の女子文芸部員の持ち寄った弁当に舌鼓をうった。

 それにしても、家庭的な一面など皆無に見えるさくらの料理がプロ級なのは未だに信じられない。

 ……まさかこれも流星の超能力じゃないよな。

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