第14話
「おい、本当にこんなのを文芸部の作品として載せるつもりか?」
「当り前じゃないの。なんのために苦労して書いたと思ってるのよ」
「でもなぁ、これはいくらなんでも……」
さくらが書き上げたのは、主人公の幼なじみの手足が斬り落とされるシーンから始まる血みどろのスプラッター小説だった。
「え~、真柴くんこれ嫌いなん? うちは結構おもろいと思うけどな~」
「マジですか?」
土屋さんの感性を疑ってしまう。
「別に嫌いというわけではないんですけど、校内新聞に載せる小説としてはどうなのかなって……」
「……わたしはいいと思う」
「ほら、みどりも美帆も褒めてくれてるじゃない」
「う~ん」
なんだ? 俺の感覚がおかしいのか?
「流星、あんたはどう思うのよ?」
「最高だよ、姉さん。先生たちもびっくりするよきっと」
別の意味でな。
「ほらね。これなら学校でも大絶賛の嵐よ、間違いないわ。ここからあたしの小説家デビューが決まったりしてね」
非難の嵐の間違いだろ。
生徒たちはともかく、先生たちはこんなのを見たら文芸部を危険な部とみなすかもしれない。
ただでさえ悪い文芸部の評判が地に落ちてしまうかも……。
俺は奇異の目にこれ以上晒されるのはごめんだ。
……仕方ない。
「この小説は校内新聞に載せるには長すぎるから、今回はやっぱり俺が書くことにする」
「は? なんでよ?」
「新聞部にもらったスペースを考えるとお前が書いた小説は長すぎるんだよ。だから代わりに俺が書いてやる」
「嫌よ、せっかく書いたのにっ」
「だったらこの小説はどこかの賞にでも応募しろよ。校内新聞なんかに載せるなんてもったいないぞ」
この際だから適当言ってやる。
「そこから小説家デビューだって夢じゃないぞ。それなのに校内新聞に載せたりなんかしたら誰かにパクられるかもしれない」
「そっか、盗作される心配があるのね」
と妙なところで納得するさくら。
「ああ」
お前の気色悪い小説なんぞ誰も盗作なんてするわけないだろ。
「じゃあ校内新聞に載せる用の小説はあんたに頼むわ。ちゃちゃっと書いちゃってちょうだい」
「任せとけ」
ちゃちゃっと書けたら小説家は苦労しないんだよ、と心の中でツッコミを入れていると、
「うちそろそろ帰ろかな~、なんや夜十時過ぎると補導されるって聞いたことあるし」
土屋さんがカバンを持って立ち上がった。
座っていて折れ目のついたスカートをぱんぱんと手で払う。
「……わたしも」
残っていた烏龍茶をリスのように目一杯口に含むと高橋も立ち上がった。
「姉さん、みなさんを玄関まで送ろうか」
「そうね」
流星を先頭に玄関まで行く。
「お邪魔しました。ほなまた明日な~」
「……お邪魔しました」
「じゃあな」
土屋さん、高橋に続いて玄関を出ようとした帰り際、さくらが俺のカバンを強く引っ張った。
「うげっ!?」
俺は後ろに倒れそうになる。
「何すんだお前っ」
「良太、あんたあたしが超能力で部費の場所を探してた時、美帆をデートに誘ってなかった?」
うーん、めざとい奴だ。
「いや、別にそんなんじゃない。高橋が水族館に行きたいって言ってただけだ」
「そうなの、ふーん……だったら今度の休み水族館に行きましょ、みんなでねっ」
「お、おう。構わないけど」
さくらは右手の小指を差し出してきた。
「約束よ」
「ああ」
俺も右手の小指を出し絡ませる。
「もし破ったりしたら何がなんでも針千本飲ますからね」
射殺すような鋭い目つきで俺を見ながら腕を振るさくら。
水族館くらいで殺されてたまるか。
翌日の放課後、文芸部の部室に行くとすでに俺以外の部員は集まっていた。
「遅いわよ良太、どこほっつき歩いてたのっ」
「新聞部に俺が書いた小説を渡してきたんだよ」
さくらが気色の悪いスプラッター小説を書いたせいで、俺が改めて校内新聞に載せる小説を書くことになってしまったのだ。
「あら本当? いいの書けた?」
「どうだろうな。自分じゃわからん」
ついさっき、昨日の夜眠い目をこすりながら書き上げた短編小説を新聞部に持っていったところ、新聞部の部長は笑顔でそれを受け取ってくれた。
「ふーん。まあそれは来月号の校内新聞を見ればわかるわね。そんなことより本題に入るわ」
と小説の話を切り上げると、
「いいみんなっ、今度の日曜日文芸部全員で水族館に行くわよっ」
さくらは声を張り上げた。
「水族館? うちら水生生物部とちゃうで」
「姉さん、なんでいきなり水族館なの?」
「……」
土屋さんと流星が不思議そうな顔をする。
高橋はというと何か言いたいことでもあるのか、真顔で俺をみつめていた。
「美帆が水族館に行きたいらしいのよ。そうよね美帆?」
「……うん」
高橋はこくんとうなずく。
「ほらね。だからこの際文芸部員みんなで一緒に行ったらどうかなって思ったの」
「それはいいけど……なんか随分突然だね」
「うちは水族館大好きやからええで。大賛成や」
手放しで喜ぶ土屋さん。
「もちろん良太もそれでいいわよね?」
「ああ」
異論はないよ。
「そうと決まれば……」
さくらはホワイトボードにすらすらっと字を書いていく。
「今日の文芸部の活動は日曜日に行く水族館のしおり作りよ!」
ばんとホワイトボードを叩いた。
ホワイトボードには水族館のしおり作りと書かれている。
小学生かよ。
はぁ~……。
今日は数学の宿題が出ていたからそれをやりたかったのだが。
さくらのテンションを見る限り、勝手なことは出来そうにないな。
「じゃあまずはどこの水族館に行くかを決めるわ。あたしがホワイトボードに書くから流星、書記のあんたがノートに上手くまとめなさい。遠足のしおりみたいにねっ」
「え、僕って書記だったの? 初めて聞いたけど……」
「さあ誰か意見はある?」
流星の言葉を無視してうきうきした様子で順番に俺たちの顔を見ていくさくら。
流星はカバンからルーズリーフを取り出すと会話に耳を傾ける。
「駅前の水族館がええんちゃう? あそこなら大きい水槽を下から見ることも出来るで」
「神宮寺駅前水族館ね……」
土屋さんの意見をさくらがホワイトボードにすらすらっと書いていく。
「他には?」
「僕もそこがいいと思う」
ボールペン片手に流星が言う。
「俺もそこでいいぞ」
「男どもには訊いてないのよ。美帆はどう? 駅前の水族館でいい?」
すると、
「……西部水族館がいい」
高橋がいつになく自分の意見を述べる。
「西部水族館って県境の? ここからだとかなり遠いわよ」
「……西部水族館がいい」
「う~ん、まあいいわ。水族館に行きたいって言い出したのは美帆なわけだし、だったら西部水族館にしましょ」
さくらが高橋の意見を採用する。
「流星、ちゃんと書いておくのよ」
「わかったよ、姉さん」
言われてボールペンを走らせる。
「次は何を見るかよ。美帆は西部水族館で何が見たいの?」
「……くらげ」
「くらげ? くらげなんかが見たいの?」
「……うん」
「へ~、美帆って変わってるわね」
お前が言うな。
「……ぷかぷか浮いてて見てると癒される」
「美帆ちゃんくらげ好きなんやね。うちも好きやから一緒に見よか~?」
「……」
まばたきとともに小さくうなずく高橋。
「あたしはどうせならシャチとかイルカのショーが見たいわっ。迫力があって楽しそうだもの」
「それもええね。じゃあイルカショーも見ようや」
「くらげとイルカショーねっ。流星、ちゃんと書いてる?」
「書いてるよ」
さくらと流星のペンが動く。
「自由時間もあった方がいいわよね。各自好きなところ見て回ったりしたいでしょうし」
「姉さん、お昼はどうするの?」
「お昼ね~……」
「それやったらうちら女子でお弁当作っていったらええんとちゃう? さくらちゃん料理上手やし」
両手を軽くぱんと叩き土屋さんが提案する。
「あたしは別にいいけど、美帆もそれでいい?」
「……構わない」
「だったらその代わり男連中に荷物を持たせましょ。それくらいはやってもらわないと割に合わないわ」
昼飯の代わりに荷物持ちか。まあ、それくらいはいいだろう。
「西部水族館だと朝早く集合した方がいいわよね。七時半に学校で待ち合わせでいい?」
「だいぶ早いな」
いつもの登校時間より一時間くらい早いぞ。
「しょうがないでしょ、遠いんだから。美帆が行きたがってるのに反対するわけ?」
「別にそういう意味で言ったんじゃないって……」
「……やっぱり駅前の水族館でもいい」
高橋が小さい声でつぶやくように言う。
「ほら、美帆が気を遣っちゃってるじゃないの。嫌ねデリカシーのない男って」
心なしか高橋が小さく見えた。
「高橋、気にするな。俺も西部水族館に行きたいから」
「……本当?」
「ああ、本当だ」
「……そう」
ふぅ、もう少しで部の雰囲気が悪くなるところだった。
「帰りにはお土産屋さんに寄りましょ。西部水族館って何時までやってるのかしら?」
「うちが調べたるわ」
そう言ってスマホをいじり出す土屋さん。
「夜七時までやって」
「ならお土産屋さんには六時に行けばいいわね」
さくらは流星の手元を覗き込む。
「どんな感じ? 書けた?」
「うん。でもあまり遠足のしおりっぽくはなってないけど……」
「いいわよ全然。よく考えたら遠足のしおりってなんか子どもっぽいし、もういらないから」
「え……そんな」
さくらに振り回される流星。自分勝手な姉を持って大変だな。