第13話
スーパーで買い物を済ませた俺と流星はマンションへと向かっていた。
「姉さんを待たせると面倒なので急ぎましょう」
「そうだな」
かんしゃくを起こすさくらの姿は容易に想像できる。
俺たちは気持ち早足で、さくらを含めた文芸部の女子部員たちの待つマンションへと足を運んだ。
マンションに着くと、手慣れた様子でパネルを操作し、流星は玄関を通り抜けていく。俺もあとに続いた。
ここに来るのは二回目だ。
前回はさくらが家出中に流星に呼ばれてやってきたから、俺が前にも来たことがあるということはさくらはおそらく知らないだろう。
エレベーターで最上階へ上がり一二一三と書いてある部屋のドアを開ける。
「ただいまー。帰ったよ姉さん」
「お邪魔します」
俺たちは部屋に上がるとリビングへ。
そこにはさくらと土屋さんと高橋がいて、テーブルを囲み絨毯の上にぺたんと座っていた。
テーブルの上には原稿用紙とさくらが出したのか、ジュースの入ったグラスが三つ置かれている。
最低限のもてなしは出来るようだ。
「遅かったじゃないの、寄り道してたんじゃないでしょうね」
「してねぇよ。これでも急いできたんだからな」
「ほら姉さん、夕飯の材料買ってきたよ」
流星はさくらに買い物袋を手渡した。
「じゃあ何か作ってくるわね」
とキッチンへ向かおうとする。
「え……流星じゃなくてさくらが作るのか?」
「当たり前でしょ」
とさくらは言うがこれは想定の範囲外だ。
さくらの性格からして、てっきり家事は全て流星に任せっきりだとばかり思っていた。
「真柴先輩、姉さんは料理がとても上手なんですよ」
と流星。
「そうなのか。にわかには信じられないが」
「ふんっ。そこでおとなしく待っていなさい。あたしが今からあんたが見たこともないようなとんでもない料理を作ってきてあげるから」
自信満々の顔で言う。
頼むから普通の料理にしてくれ。
俺たちがジュースを飲んで待っていると、三十分足らずでさくらが両手に皿を持って戻ってきた。
「料理が出来たわよ。ちょっと良太、あんたも一緒にお皿運んでちょうだい」
あごをしゃくるさくら。
「おう」
俺は素直にそれを聞き入れ立ち上がり移動する。
「これを持っていけばいいんだな?」
「そうよ」
キッチンに置かれた皿を指差す。どうやらパスタ料理らしい。
それにしてもまったく広いキッチンだ。見回すとうちのキッチンの三倍はある。
皿をテーブルに運び終えると、俺とさくらは腰を下ろした。
「あたしの自信作、ウニといくらとからすみのクリームパスタよっ。さあみんな遠慮なく食べてちょうだいっ」
さくらは楽しそうに両手を広げた。
「うわ~、おいしそうやな~」
「……いいにおい」
「これ僕の大好物なんですよ。すごくおいしいんですから」
確かにいいにおいがしておいしそうだ。まともそうな料理でよかった。
「ほら早く冷めないうちに食べなさいよ」
さくらに急かされ俺たちはいただきますを言ってフォークを手に取った。
麺をフォークに絡めて口に運ぶ。
「うん、おいしい」
「ほんまやっ」
「いつもの姉さんの味だよ。最高」
「……おいしい」
「でしょでしょ」
さくらは満足気に何度もうなずいた。
「おかわりもあるから言ってよね」
うーん、学校では見たことのないさくらの家庭的な一面を垣間見て、俺は少しだけさくらを見直した。
その後、俺とさくらは一回おかわりをして、流星は三回もおかわりをした。
そして烏龍茶を飲みながら一息つく。
「は~、おいしかった~。うち、ウニのパスタなんて初めて食べたわ」
「俺もです」
「……わたしも」
「ごちそうさま姉さん」
「まったく、あんたはさすがに食べすぎよ」
さくらが腹をさする流星を注意するが、なんだか嬉しそうだ。
「良太、お皿片付けるの手伝って」
「はいはい」
ちゃっかり俺を下僕のようにこき使ってくるが、あんなにおいしいパスタを食べさせてもらったんだ、ここは黙って言うことを聞いてやろう。
四人分のグラスを持ったさくらの後ろを俺はみんなの皿を持ってついていく。
「ここに入れといてちょうだい。あとで洗うから」
「お前んとこ、すげー家なのに食洗機はないんだな」
こんな豪邸なら食洗機くらい置いていそうなものだが。
「食洗機ってあたし信用してないのよね。あんなのでちゃんと汚れが落ちるのかしら」
「さあ? うちにはないからわからないな」
「ふーん、まあいいわ。そんなことより小説を書き始めるわよっ」
そうだった。今日の目的はそれだったな。
リビングに戻ったさくらは原稿用紙と向き合い、
「う~ん……」
一人にらめっこをする。
俺たちは、そんなさくらの邪魔をしないように静かにそばで見守っていた。
しばらくして「ねぇ良太これ一回読んでみて」とか「ここどう思う?」など俺に意見を求めてくる。
昨日はこれが電話で夜中まで続いたのだから寝不足になるのも当然だ。
三十分、一時間と時が過ぎ、俺がうとうとしかけていると、
「そういえば部費って今誰が持っとるん?」
ふいに土屋さんが口を開いた。
「……わたしじゃない」
高橋が言う。
「俺も違うぞ」
「僕もです」
すると自然と俺たちの目線はさくらに向く。
小説の執筆に没頭していたさくらがそれに気付き、
「……ん? なんなのみんな、揃ってあたしを見て」
「いやな~、部費ってどうしたんやったっけ……」
「そんなの部費もらってくる係の良太が持ってるに決まってるでしょ」
さくらの言葉にそこにいた全員の視線が今度は俺に集まる。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺は持ってないぞ……っていうか部費を受け取ったのは流星、お前だったよな」
「あれ、そうでしたっけ?」
と素知らぬ顔をする流星。
「お前、教頭先生から渡されただろ」
「あ~そういえばそうでしたね。すみません」
しっかりしてくれよ。
「あれ? でも僕その後に姉さんに渡したはずだけど……」
「えっ嘘、あたし全然覚えてないわよ」
「いや、確かに渡したよ」
「それ本当にあたしだった?」
姉弟どちらも譲らない。
そんな時、
「あっ、せやったら超能力で探したらええんとちゃう?」
土屋さんがいいこと思いついたとばかりに提案する。
すると、文庫本に目を落としていた高橋がこれに反応した。
おもむろに顔を上げて言う。
「……超能力を使うことは推奨しない」
二人の意見が割れる中さくらは俺を視界にとらえる。
「超能力ね~……良太はどうしたらいいと思う?」
なぜ俺に訊く。
そもそも超能力者でもなんでもないさくらは置いておいて俺は流星を盗み見た。
流星は俺と目が合うなりにこりと微笑む。
どういう意味だそれは?
その時、
『真柴先輩聞こえますか? 僕です、流星です』
頭の中に流星の声が響いた。
なんだこれ!?
『念話です。テレパシーで僕と会話が出来ます。ちなみにこの声が聞こえているのは真柴先輩だけなので反応はしないでください』
なんだよそれ、マジでなんでもありじゃないかこいつ。
ていうか俺の心を読むなって言ったよな、おい。
『すみません。今だけ許してください』
謝ってくるが流星は笑顔のままだ。
「ちょっと、良太。無視するんじゃないわよ」
「ん、ああ、すまん」
『真柴先輩、気を付けてくださいね』
わかってるって。
二元中継みたいで頭がこんがらがる。
流星の声に反応して思わず喋ってしまいそうだ。
「それであんたはどう思うわけ? 超能力使った方がいい? 使わない方がいい?」
さくらは身を乗り出して訊いてくる。
『使った方がいいと答えてください。あとは僕がなんとかしますから』
わかったよ。
「部費を探すためなら使ってもいいんじゃないか」
「そう? あんたがそう言うならやってみようかしら」
そう言うとさくらは目を閉じ手を合わせ天に祈るようなポーズをとった。
どうする気だ?
「文芸部の部費は今どこにあるの? 答えてちょうだいっ!」
宙に向かって叫ぶ。
近所迷惑な奴。
「それでわかるのか?」
「しっ、黙ってて」
さくらはぴしゃりと俺を制した。
その間に流星はテーブルの上に置いてあった原稿用紙を一枚手に取り、そっと自分の額に当てる。
この前俺に見せてくれた念写をしているようだ。
大丈夫か? なんか高橋が不思議そうにお前を見ているぞ。
『高橋先輩の注意を僕からそらしてください』
なんだそりゃ。
なんでも俺に課すなよな。
「なあ、高橋」
「……何?」
眼鏡の奥で透き通った瞳が俺の目を覗いてくる。
「お前ってクラスで浮いているって聞いたんだけど本当か?」
あ、まずい。何か話しかけないとと焦っていたら直球の質問をしてしまった。
「……わからない」
すまん、高橋。
何か違う話をしなくては。
「こ、今度一緒に映画でも行くか?」
「……行かない」
「そ、そうだよな」
俺は何を言っているんだ。
すると高橋は、
「……水族館がいい」
「へ?」
「……水族館がいい」
「水族館に行きたいのか?」
「……うん」
俺を凝視する。
とそこへ、
『もういいですよ。あとは僕が姉さんにテレパシーで部費のありかを伝えるだけです』
流星の念写が終わったようだ。
おい、テレパシーを送るってお前の声でか?
さすがにバレるだろ。
『大丈夫ですよ。これまでに何回もやっていますから。まあ見ていてください』
流星の言葉通り黙って様子を見ていると、
「来たわっ!」
突然さくらが叫んだ。
「部費は文芸部の部室の棚の上よっ」
「わ~、ほんまにさくらちゃんすごいな~」
土屋さんがぱちぱちと手を叩く。
「どうよ良太、あたしの超能力は?」
ドヤ顔で俺を見やるがまだみつかったわけではないぞ。
とはいっても流星が超能力で探し当てたのだろうから、まず間違いなくそこにあるのだろうけどな。
……しかし、弟の声に気付かないなんてさくらもどうかしてるな。
「ってことで部費は明日学校で手に入れればいいわ。それよりもうすぐ八時よ、さっさと小説の続きを書くから今度こそ集中させてよねっ」
そこからさくらは一心不乱に小説を書き続けた。
俺の意見を度々訊きはするのだが、参考にしているのかしていないのか、小説の内容はどんどん過激になっていく。
そして約二時間後、新聞部の校内新聞に載せる小説が書き上がった。