第10話
「あれは小学校二年生の時でした。姉さんはその当時やっていたテレビ番組に影響されて、時計を止めるという超能力を練習し出したんです。でもいくら練習しても使えるようにはならなくて姉さんはひどく落ち込んでいました」
流星は続ける。
「その頃すでに僕は超能力に目覚めていたのですが、誰にもそのことは言ってはいませんでした。子ども心にそんなことを言ったら面倒なことになるとわかっていたからです。でもやっぱり僕は子どもでした。落ち込む姉さんを見てつい超能力を使ってしまったんです」
「それでどうなったんだ?」
「もちろん姉さんは自分が超能力を使えたんだと思って大喜びしましたよ。その瞬間は僕も嬉しかったんです……それがいけなかったんだということは後になってわかりましたけどね」
流星は俺から目をそらし窓の外を見た。
「姉さんは両親にも友達にもそのことを自慢しました。当然証拠を見せろとなりますよね。僕が一緒にいる時はなんとかごまかすことが出来ましたが、双子といってもいつも一緒にいる訳ではありませんから、姉さんは次第に嘘つき呼ばわりされるようになっていったんです。そして最後には両親も姉さんを見放しました」
「ふ~ん、そうだったのか」
だから今こいつら姉弟は二人だけで暮らしているのだろうか。
「幼かったとはいえ今の姉さんがああなのは僕のせいなんです」
「まあ、子どもだったんだからしょうがないだろ。それよりそんな大事な話、俺にしてもよかったのか?」
まだ出会って数日しか経っていない間柄だが。
「姉さんは文芸部が唯一心を許せる場所なんです。真柴先輩のことも好きだからこそあんなに怒ったんだと思います。だから真柴先輩お願いします、姉さんを呼び戻してきてください」
振り向き深々と頭を下げる流星。
呼び戻すのはやぶさかではないが、さくらが俺のことを好きだという部分はとても信じられない。
先輩への敬意というものをあいつからは一ミリも感じられないからな。
「さくらの奴、どこにいるって言ったっけ?」
「カラオケ店です、ここからすぐ近くの。地図を渡しますね」
そう言うと、流星はカバンからルーズリーフを一枚取り出しそれを額に当てた。
「何してんだ」
「念写をするので集中させてください」
念写だと!?
はたから見ると間抜けな光景にしか見えないが。
「はい、出来ましたよ。どうぞ」
流星が手渡してきたのはびっしりと細かい地図が描かれたルーズリーフ。さっきまで白紙だったのに。
「お前、本当に超能力者なんだな」
「そうですよ」
微笑を浮かべる流星。
「なあ一つ訊いていいか?」
俺は玄関で靴を履きながら振り返る。
「なんですか?」
「お前土屋さんたちのことは……その、なんだ……」
訊こうとして口ごもる。
土屋さんたちが超能力者だってことは秘密にしておいた方がいいのか。
いやそれともこいつのことだから知っているんだろうか。
「知っていますよ」
流星が口を開いた。
「へ?」
「土屋先輩と高橋先輩が超能力者だってことは知っています」
俺が訊こうとした質問の答えを先に言った。
もしかして……。
「お前、人の心も読めるのか?」
「はい。傷付くことも多いので普段は読まないようにしていますけどね」
なんて奴だ。なんでもありじゃないか。
こいつの力があればテストでオール百点も夢じゃないぞ。
「そういうことに力を使うことは感心しませんけど……」
「やめろ。俺の心を読むな」
「すみません」
「……土屋さんたちはお前じゃなくてさくらが超能力者だって思っているみたいだが」
「そのようですね。でも僕が自らこんなことを話すのは真柴先輩だからです。これでも僕は真柴先輩を信頼しているんですよ」
と流星。
「あのお二人は僕とは超能力に対する考え方が違うんですよ。土屋先輩は超能力は世のため人のために使うものだと心から思っていますし、高橋先輩は超能力は一切使うべきではないと思っています」
「世界にひずみが生まれるとかなんとかだろ?」
「はい。そして僕は姉さんのためなら力を使うことも厭いません。たとえどんなことでも」
そう言った流星の目にはさくらに対する強い愛情と罪悪感を感じた。
「じゃあこれからさくらのとこに行ってくるよ。あっそれから俺からお前に一つ言っておくことがある」
「わかりました」
にこにこしている流星に人差し指を突き付けた。
「二度と俺の心を読むな」
流星にもらった地図を頼りに、さくらがいるであろうカラオケ店をみつけた。
そこに入ると、店員さんにさくらの特徴を伝えて部屋番号を訊き出す。
「一〇二か……」
さすが目立つ容姿をしているだけあって、店員さんに長身で美人の女子高生と言ったらすぐに伝わった。
「一〇二、一〇二……お、あった。ここだ」
ドアの窓から部屋の中を覗くと、さくらが大盛りのフライドポテトを手で鷲掴みにしながら口に運んでいた。
流星の言った通り、やけ食いしているようだ。
俺は、
「おい、さくら。心配させんな」
ドアを思いきり開けてやった。
「っ……!?」
俺を見て、さくらの手が止まる。
「な、何よっ。なんの用なのっ!」
手をぱんぱんと払いながらさくらが俺を睨みつけてくる。
「流星からお前が家出したって聞いたから連れ戻しに来た」
「あのお節介……余計なことを」
「ほら、流星が心配してるから帰るぞ」
「嫌よっ。大体なんで良太が来るのよ! あたしはあんたに対して怒ってるんだからねっ!」
腕を組んでそっぽを向くさくら。
はぁ~、仕方ない。
「それに関しては俺が全面的に悪かった。謝るよ、この通りだ」
後輩の女子に対して頭を下げることになるとはな。
「……本当に悪いと思ってる?」
「思ってるって」
「……」
さくらは鋭い目つきで、俺の全身をつま先から頭のてっぺんまで隈なく見てくる。
それで一体何がわかるんだ?
「わかったわ。特別に許してあげる」
そう言うとすっと立ち上がり俺の肩にわざとぶつかるようにして部屋を出ていく。
「おい、カバン忘れてるぞ」
さくらの背中に言葉を投げかけるが、
「気付いたならあんたが持ってきなさいよ」
とさくらは振り向きもせずにのたまう。
俺は家来か。
カラオケ店を出てもなお、さくらのカバンを持ちながらさくらのあとをついて歩く俺。
許したと言ったわりにはいつもの饒舌さが嘘のように何も話しかけてはこない。
そしてそのままさくらたちのマンションの前に着いてしまった。
「ほらこれ」
俺はカバンを手渡す。
「……」
無言で受け取るさくら。
こいつやっぱりまだ怒っているんじゃないだろうか。
「なあ、お前の超能力だけどさ……」
「……何よ」
やっと口を開いた。
「お前はどうしたいんだ?」
「わからないわよそんなの。みどりは人助けに使えって言うし、美帆は超能力は使うなって言うし、流星は見世物にするなって言うし……」
約束した手前土屋さんには悪いが、
「無理に使おうとする必要はないんじゃないのか。お前は超能力があろうがなかろうが天馬さくらだろ。俺はお前が超能力を使えるから文芸部に入ったわけじゃないぞ」
ちょっとキザったらしいことを言ってしまった。
すると、
「……はんっ。何偉そうに言ってるのよ、良太のくせに」
さくらは俺の意見を一蹴してくるりと後ろを向いた。
そして自動ドアを通過し、マンションのエントランスに入っていって一言。
「……また明日ね」
俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声量でつぶやくと同時に、エントランスの自動ドアが閉まりさくらは去っていった。
「別に誰かに言われたから決めたわけじゃないけど、しばらくは超能力を使うのを控えることにするわっ!」
俺たち文芸部員の前でさくらはそう宣言した。
「え~、なんでなん。人助けはしようや~」
「みどりの気持ちもわかるけどあたしたちは文芸部員よ。文芸部らしいことをしましょっ」
そう言うとさくらはホワイトボードに文芸部の活動、と達筆な字で大きく書き上げた。
「どうなっとるん? 約束がちゃうやんか」とでも言いたげな恨みがましい目で俺を見てくる土屋さん。
すいません、約束守れませんでした。
思い通りになったはずの高橋は我関せずといった感じで、いつものごとく文庫本に目線を落としていた。
ただ表情が若干緩んで見えるのは気のせいだろうか。
流星はというとスタンディングオベーションをかましている。
どこまでも子分肌な奴。
それに気分を良くしているさくらもさくらだが。
「さあ、文芸部の活動について意見のある人はいるっ? どんなことでもいいわよ!」
ホワイトボードをばんと叩き、さくらが声を張り上げた。
普段は協力的な土屋さんも今日ばかりは目立った発言はしない。
なぜなら土屋さんは俺をじと目で見続けることで忙しいからだ。
そこへ流星が名乗りを上げた。
「僕に考えがあります。僕たちは文芸部なんですから小説を書くというのはどうでしょうか?」
却下だ。
俺は楽が出来るというから文芸部に入ったんだぞ。
何が悲しくて華の高校生活を執筆作業に費やさないといけないんだ。
だがさくらは、
「いいじゃない流星。冴えてるわね」
と乗り気になっている。
勘弁してくれ。
こういう時こそ部長である土屋さんの出番ですよ。
俺は土屋さんを見るが、土屋さんはなおも恨みがましい目を俺に向けていた。
結構根に持つタイプなのか、土屋さん。
仕方ない、俺が軌道修正するか。
「小説を書いてその後はどうするんだ? みんなで批評でもしあうのか? 俺たちみんな素人だぞ」
「じゃあ賞か何かにでも応募するっていうのはどう? あるんでしょそういうの」
「そうだね、姉さん。いい考えだと思うよ。それで本当に賞なんか取ったりしたら部費も大幅アップ間違いないよ」
さくらの太鼓を持つ流星。
「お前らなぁ、そんな作品書くのに何百時間かかるかわかってるのか?」
「え、そんなにかかるんですか?」
と流星が驚く。
自慢じゃないが俺はラノベ好きがこうじて中学生の頃、ゲームやアニメに費やす時間を削って、何百時間という時間をかけて長編小説を書き上げ賞に応募したことがある。
自分では最高傑作のつもりだったが、結局箸にも棒にも掛からなかった。
今読み返すと頭から血が噴き出そうなほど恥ずかしい代物だ。まさに黒歴史というやつだ。
「ああ。しかもそれだけの時間を費やしてもなんの結果もついてこない」
「やってみなきゃわからないじゃないのっ」
さくらがむきになって反論するが、俺は実際やってみたからわかるんだよ。
「お前らが小説を書くのは構わないが俺はごめんだぞ。学校の勉強する方がまだいくらかましってもんだ」
「もう、美帆もなんとか言ってよ」
「……なんとか」
顔を上げ高橋は声を出した。
冗談のつもりだろうか、全然面白くないぞ高橋。
すると、
「うふふっ、ややわ~美帆ちゃん。めっちゃおもろいやん」
土屋さんが笑い出した。
関西弁っぽい喋り口調なのに笑いのハードルは低いのか、土屋さん。
まあ、なんにしても土屋さんの笑顔が戻ったのはいいことだ。
土屋さんが笑顔でいるかどうかで部室の雰囲気は全然違うからな。
「せやったら校内新聞に短い小説を載せてもろうたらええんとちゃうかなぁ」
「校内新聞ですか?」
俺が訊く。
「そうや。新聞部が毎月出してんねん。写真部とか俳句部とかもたまに作品を載せてもろうてるんやで」
「へーそうなんです――」
「それよっ!」
さくらが大声で叫んだ。
いきなり叫ぶなよ。びっくりするだろうが。
「みどりの案いただきだわ!」
そう言うとさくらはホワイトボードに校内新聞と殴り書きした。
「姉さん?」
「校内新聞なら先生たちもきっと目を通すはず。そこに涙なしでは読めないような小説を載せたら文芸部の評価もうなぎのぼりよっ。部費だって先生たちの方から是非上げさせてくれって頼みに来るに違いないわっ」
「そんなわけあるか」
だが俺のツッコミの甲斐もなく、文芸部の当面の活動は、校内新聞に載せる小説作りに決定した。