第二話-4
初等学校から帰宅した幽灘に、冬雪は夕食の席で話した。
「しばらくの間、アルレーヌの屋敷には行かないようにしてくれ」
無論事情を知らない幽灘は、不思議そうに首を傾げた。
そもそもギルキリアとアルレーヌが相当な距離を隔てているが、わざわざこう言っておかなければならないのは、魔道具屋と屋敷を往復するための魔道具が、それぞれに設置されているためだ。
「アルレーヌの周辺が、少々……いや、かなり危険な状態になっている。安全が確保できるまで、アルレーヌには行かないでほしいんだ」
「しばらくって、どれくらい?」
「さあてね、それが分かれば楽なんだけど、まだ全貌がつかめていないからね。ボクがいない間にも、ライたちに情報収集をしてもらっているけど、進捗がどうにも芳しくないらしい。今は、ボクがいいと言うまで、としか言えないよ」
零火にも何とかして伝えておかなければならないな、と冬雪は呟いた。平井零火は、幽灘の実の姉であり、冬雪の協力者でもある。日本に残してきた彼女には共和国へ簡単に渡る方法を知らせてあり、彼女もそれを使って、かなり頻繁に魔道具屋を訪れている。
その際、地理的要因により、零火が共和国へ渡ってくると、必ずアルレーヌを通ることになる。まず森林中に降り立ち、屋敷を経由して、魔道具屋に来ることになるのだ。
零火の方が直接共和国に来るため滅多に使う機会がないが、実は日本で暮らす彼女の私室に、直接物品を転送する装置も存在する。今回はようやく利用されることになるだろう。
「手紙でも書いて送るか」
と考え、夕食後、冬雪は戸棚から手頃な紙を引っ張り出した。
問題は、この転送装置が設置されているのが、アルレーヌの屋敷である、という点である。なにしろこの装置が設置されたのは魔道具屋の開業前であり、そもそもギルキリアで設置するという選択肢がなかったのだ。
(この一件が片付いたら、転送装置を魔道具屋にも設置しようかなあ)
などと考えながら、紙にペンを走らせる冬雪だった。
返信不要、と書いた手紙を投函するために冬雪が屋敷を歩いていると、突如として轟音が響いた。屋敷に損害が出たわけではないのだが、防衛機構が自動作動したのである。何か脅威と認識される事象が発生したのだ。
手早く手紙を転送装置に放り込むと、冬雪はバルコニーに出た。朝方に確認したのとは別の、魔道具による防衛痕が増えている。今の轟音の正体はこれだったらしい。
「これは、ちょっとやりすぎなのでは?」
魔道具を設置したのは冬雪だし、設計したのも冬雪だし、製作したのも冬雪だ。確かに彼の不在時でも屋敷が被害を受けないよう、強力な防衛設備を設計した記憶はある。
とはいえ一〇〇レイアも地面が抉れるような出力にしただろうか、という疑問が浮かんでしまう。一体何を仮想敵と想定して出力を設定したというのか。開発したのは深夜だったかもしれない。
「でもまあ、実際にこんな威力が出てるんだから、ボクが作ったんだろうなあ……」
零火が見れば、「また変な兵器作ったんですか」とでも呆れられそうなものだ。後片付けは必須だろう、どうせすぐ見抜かれるだろうが。彼は過去にも、無駄に強力な兵器を製作して怒られているのだ。
「しかしそれはさておき、やはり異常だな、屋敷の防衛設備がこれだけ短期間に二度も作動するというのは」
冬雪は血色の右目の前に二枚重ねの魔法陣を出現させ、中を覗き込んだ。遠見である。これは光を屈折させる魔法陣を二枚重ねることで、望遠レンズのような働きをさせているのだ。
これを使って周辺を観察していると、木々の隙間から、一瞬だけ奇妙なものが見えた。
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