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第一話-8

 冬雪が三等工作員に昇進した頃には首都における住所は定まっており、また移民に関わる行政上の手続きも滞りなく進んでいたため、幽灘の初等学校編入はほとんど何の問題もなく進行した。ほとんどというのは、まだ冬雪が養父であることと幽灘が養女であることに当人たちがあまり慣れておらず、呼ばれるたびに一瞬の空白が生まれたためで、既に一年以上保護者と被保護者の関係であった二人には、ようやく形式が追い付いた、という形だった。


 正直なところ、今更ではあるが、冬雪としては義理の父子関係に拘る理由はなかったのだ。年齢差で言えばむしろ義理の兄妹の方が自然ではあったし、その方がかえって、周囲の疑念を招くことはなかったかもしれない。


 それでもあえて父子を選んだのは、親を失った幽灘の境遇に、些かならず同情を覚えたからかもしれなかった。冬雪もまた零火たちに出会うよりずっと前に、父親を亡くしていたのである。


 初等学校編入の手続きが終わり、生徒として登校できるようになるまでは、それから三日ほどかかった。元々編入させる予定ではあったものの、実際に通わせるとなると、どうしても揃えなければならなくなるものは多い。ひとまず最低限必要なものから優先的に集め、他のものはあとから揃えていくことになった。


 冬雪の魔道具屋も、五月の半ばには本格的に営業させることができるようになった。収入としては、特別情報庁からのものが最も多い。首都に拠点を置いているとそれだけで、共和国の心臓部を守っているという名目のもと、生活費や家賃などの手当てが出たり、任務の成功報酬がやや割増しになったりするのだ。三等工作員『呪風』、実はかなりの高収入である。少なくとも特別情報庁の工作員である限り、生活に困ることはないだろう。


 冬雪が心配しているのは、幽灘の方だった。共和国の──というよりは第二世界空間の──単位系にどうしても慣れないらしく、まだ冬雪のサポートが必要らしい。無理もないだろう、と彼は思う。冬雪も、初めはかなり難儀したものだ。第一世界空間とは、考え方や基準が異なるのである。


 十進法、一二ヶ月三六五日、より細かい時間は六十進法……。それらの数え方は、第一世界空間も第二世界空間も共通する。それは良いのだ。問題は、体積、質量、長さの単位が異なる点。これについては完全に覚え直す必要が出てくる。日本人がわざわざヤード・ポンド法を覚えるようなもの、と表現すれば、その厄介さも少しは分かるだろう。


 体積の単位は、ソーペルという。リットルとは大きく離れた数字を出し、一ソーペルは一六リットルだ。元地球人には三乗根がすぐに思いつかず一ソーペルの立方体を作るのはかなり難しいが、実はこれは第二世界空間の住人も同様だ。一体なぜ一ソーペルをこの大きさにしてしまったのか、「アル・フューレ」と一回放った氷を常温に溶かした水の量を一ソーペルとした、という歴史を聞いたところで、収まる不満ではない。なぜなら長さの単位はソーペルよりも古く、その歴史の長さは神暦と同じだからである。


 長さの単位は、レイアという。第二世界空間の単位ではもっとも第一世界空間のものに近いが、その倍率はきっかり二倍、一レイアで二メートルである。これは魔法を初めて使ったとされる|《始祖の魔法神》が持っていた杖の長さがもとになっているというが、なにしろ五〇〇〇年前のことだから、歴史的な検証は充分に行えない。


 質量の単位は、クルーという。一クルー四グラムであり、これは本精霊一体分の持つ質量がもとになっているとされている。検証の結果、確かに本精霊は一体あたりの質量が大体一クルーだというが、これは保持しているマナの量によっても変動するし、個体差もあるので正確ではないようだ。現在はクルー原器なるものが世界各地に存在しており、単位の誤差を防ぐ役割を担っているという。


 これらに加え、数字の倍率を示す単位が存在する。一〇〇〇倍ごとに決められており、キロに相当するのはヘラ、メガはゼラ、ギガはヴェラ、テラはネラ、という風に決められており、逆に一〇〇〇分の一であるミリに相当するのはペラである。倍率はただ名前を覚えればいいだけなので、比較的楽だった、というのが冬雪の感覚だった。


 転生者となった時点で、幽灘は共和国語を脳にインプットされていた。なので本当に、言語については心配が要らなかったのだ。今はとにかく、第二世界空間の単位を完全に理解しなければならない。幽灘に知識を仕込みながら冬雪は、前途多難だな、と天井を仰いだ。

初回の一斉投稿はここまでです。次回から第二話に移ります。Ⅰ期が終わるまでは、一八時に毎日投稿の予定です。

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