第一話-2
冬雪の腕輪は、通信機だ。これも彼が作った魔道具の一つであり、表向きには存在しないことになっているものだ。
その機能は携帯通信。転移魔術を応用し、指定した座標の波形を交換することで、音声と映像をリアルタイムにやり取りすることができる。起動すると空中に魔法陣が浮かび上がり、中央の円環がカメラ兼モニタ兼マイク兼スピーカの役割を持つのだ。
以前は携帯通信機を持つ者同士が一定の範囲内にいるか、あるいは携帯通信機から固定通信機に向けてのみ通信が可能になっていた。しかし改良を重ね、何度か試験的に起動してみた結果、現在は固定通信機を経由することで、どれだけ離れていても携帯通信機に向かって通信ができるようになっている。
今回は固定通信機から届いたようだが、携帯通信機同士でも通信は可能だ。任務の円滑化には革命的である。
「何事です?」
今回冬雪に通信を行ってきたのは、アルベルト・トパロウル一等工作員──冬雪が所属するスパイチーム『幻影』のボスだった。彼は『幻影』の拠点である『幻想郷』から通信を行っている。
「今忙しいので、後にしてもらっていいですかね」
とても上司と話す言葉遣いではないが、トパロウルはそのようなことを気にする上司ではなかった。
「お前さんに頼みたいことがあってな」
「うわ、面倒事だ」
と言ったが、生憎と冬雪の元に、楽な任務が入ってくることは滅多にない。それもそのはず、彼は『幻影』随一の戦闘要員という位置付けでもあるだ。他のメンバーが失敗した任務を回されるのが常である。
今回も例に漏れず、指示された任務は面倒なものだった。
「スヴィール市に、双頭の龍が出たという話は聞いているな」
「ありましたねえ、そんな話も」
一週間ほど前のことだ。共和国南部フォーマンダ州にあるスヴィール市にて、突如として双頭の龍が目撃された。スヴィールにある陸軍のアイシュヴァイツ要塞から一個分隊が調査に赴いたところ、目撃情報のあった地点に到着する前に連絡を断ち、現在まで消息が不明になっている。
「双頭の龍も気になりますが……失踪した分隊を探せ、ということですか」
「それもある」
「それもある!?」
冬雪は今すぐ通信を切りたい衝動に襲われた。この一件だけで充分厄介な任務だというのに、トパロウルはまだ何か言いつけるつもりらしい。
「分隊は陸軍が人海戦術で探しているだろう。戦闘要員のお前さんに、接触したことのない人間を探せ、と言ったところで成果が出るとは期待していない」
正直な話、冬雪としても期待されては困る。
「お前さんにやらせたいのは、アイシュヴァイツ要塞の研究所にいる背任者を始末しろ、という任務だ」
途端に冬雪の顔色が曇った。
「馬鹿みたいに遠い上に、任務内容がよりにもよって殺しかよ……単独犯なんだろうなそいつ」
げんなりという表現がこれ以上似合うことがあるだろうか、と思えるほどには嫌そうな顔をする冬雪である。殺しの任務を言い渡されておきながら、「すっごい嫌そう」な顔をしているわけだが、これは冬雪だから、「すっごい嫌そう」なのだ。
手段として仕方のない場面があると理解してはいても、生け捕りで済むのが大半だった彼にしてみれば、わざわざ情報源を潰してしまうのは勿体ないと思えるのだ。トパロウルに言わせれば、そこからまずおかしいのだが。前線に出て命を捨てたがるスパイなど、普通はいないのである。
「いつも通りに生け捕りではだめなんですかねえ」
「それができるなら、生け捕りでも構わん。だがその代わり、万が一にも逃がすな。逃げられるくらいなら殺せ」
冬雪はぼやいてみせたが、トパロウルはいつになく重い口調だった。
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