【if】冬雪夏生と平井零火をあの部屋に閉じ込めてみた。-12
途中だった任務に戻る前に、零火は冬雪を洋風レストランに誘った。『龍神』という名前の、どちらかというと東洋の料理店に聞こえる店だ。ここは四人まで入れる個室が複数あり、密談には適した店である。
偏食家である冬雪の同僚も、日本での活動時にはよく使用していた。零火がこの店を知っているのは、その同僚の協力者にでも接触して教えられたためだろう。
「悪くない考えだ、用意されていた保存食は、微妙に味気なかったからな」
「私も最近よく来るんですよ、ここ。任務のためだけに利用するには、少し勿体ないと思います」
「しかしまさか、あの雑居ビルがこんな慣れた土地にあったとはな……」
「『龍神』の近所だとは思いませんでしたね」
それからしばらく、二人は取り留めのない会話をして料理が運ばれて来るのを待った。保存食は味気ないだけでなく、消化にも配慮されていた。その上管理室では短時間ながら暴れたため、実は二人とも、既にかなり空腹である。
料理が運ばれて来ると、それぞれの食事に集中する時間がやや続いた。零火が気にしていた話題を持ち出したのは、その沈黙が五分ほど経った頃だろうか。
「それじゃあ先輩、そろそろ教えてくれますか。どうして先輩が、あの部屋で私に何もしなかった……いえ、できなかったのか」
「ああ、そういえば出たら話すと言ったな。なに、大したことじゃない」
その前に先輩呼びは改めろ、と前置きして、冬雪は事情を話し始めた。
「ボクが転生者の身体なのは知っているな」
「はい、一年前、元の身体を消滅させて死亡し、用意していた身体で転生した……それが今の、『冬雪夏生』ですよね」
「概ねそれで間違いない。そう、まさにその転生者の身体が問題でね。早い話が、転生者には生殖機能が備わっていないんだよ。つまり、仮に君がどれだけ望んでいたとしても、ボクはその欲求に応えることができない」
とんでもない欠陥だろう、と冬雪は自嘲する。これは彼だけの特性ではなく、他にも数万数億といる転生者全員に言えることなのだ。それも転生者のもう一つの特性の代償と考えるのであれば、大したことではないのだろうが。
「それじゃあもしかして、先輩って」
「夏生」
「夏生さんって、以前以上に恋愛に興味ないとか?」
「……ばれたか。いや、隠すような事でもないんだけどね、実際その通りなんだ。友愛やら敬愛やら家族愛やら、まあそれらにはあまり関係ないんだが、性愛に関してだけは、完全に消失しているよ。驚くほど綺麗さっぱり、とね」
生殖能力が子孫を残すためのものであれば、それがない以上、番を求める欲求も必要ない、ということなのだろう。
「なんだ、そうだったんだ。それは確かに、首謀者の人達は不運でしたね」
「そうだろう? どうせやるにしても、もう少しましな男女を放り込んでおくべきだっただろうさ。そうすれば部屋が破壊されることも、大脳が破壊されることもなかっただろうに」
ただ三人の男を憐れむだけの会話をしながら食事が終わると、二人は任務のために外に出た。
「やれやれ、捜索はまた振り出しだな。零火、どこから手を付ける?」
「その前に夏生さん、もう一つだけ訊かせてください」
零火の真剣な眼差しに、冬雪も正面から向き合う。
「私は、あなたの家族になれますか?」
その答えは、考えるまでもなかった。なんだそんなことか、と拍子抜けしたほどである。一年前、転生とともにあらゆる物事を変えたときから、決めていたことだ。そのときが来ればいつでも告げる用意はあった。
それが今なのだろう。
「君はもう、ボクの家族だよ」
この話はまどすぱのifであり、本編には影響しません。
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