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【新章開幕】魔道具屋になりたかったスパイの報告  作者: 春井涼(中口徹)
【if】冬雪夏生と平井零火をあの部屋に閉じ込めてみた。
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【if】冬雪夏生と平井零火をあの部屋に閉じ込めてみた。-9

 洗濯機を回し、冬雪が寝室に戻ると、零火はまだぐったりと力なくベッドに横たわっていた。ペンダントの効果で体温はいくらか下がったようだが、脈を計ってみると、まだ速いようだ。


「慣れないことをするからだ。沸かしたばかりの風呂に入ればのぼせて動けなくなると、いつになったら学習する?」


「だって、先輩と一緒にお風呂に入る機会はここしかないと思って……」


「……これが家電なら、叩いて正気に戻すところなんだけどなあ」


 唸りながらも、冬雪は零火を寝かせた位置と反対に回り、ベッドの上に寝転んだ。


「まだしんどいかもしれないが、そろそろペンダントの回路を切らないと、風邪を引くぞ」


「じゃあ、先輩切ってください」


「さっきボクがペンダントの回路を切らなかったこと、忘れたわけではないだろうな」


「状況が違うじゃないですか。今なら私、抵抗できませんよ」


「これもさっきも言ったが、女が身体をそう安売りするものじゃない」


 すると、零火は訝しげな視線を冬雪に送った。


「前から気になってたこと、今訊いても良いですか?」


「なんだ」


「……先輩って、小さい胸は好きじゃないんですか?」


「……は?」


 今度は冬雪が訝る番だった。一体どこから、そんな根も葉もない推測が生まれたのだろう。仮に何者かが零火に吹き込んだのだとすれば、あまりにも迷惑な話である。


「誰だ、そんな下らん情報を作り出したのは」


「違うんですか」


「そもそも女性の胸囲がボクの好みを左右することは、まず滅多なことではない。あまりつまらん憶測でボクを貶めてくれるな」


「左右することがないわけじゃないんですね」


「……訂正しよう。それだけで左右することはない」


 実際、多少好感度に影響したことはあるのだ。それは本国での出来事であって既に解決済みのものだし、零火の懐疑とは真逆の方向だったが。


 いずれにせよ、零火の慎ましやかな胸囲と冬雪の彼女に対する好意との間には、一切何の関係もないのである。


「まあ今日のところは、何も心配せず眠るといい。ああ、寒いからペンダントの回路だけは切っておいてくれよ」


「本当に何も、してくれないんですか?」


「しない……というより、できないと言った方が正しいな。首謀者には同情するよ、ボクを投げ込んだばっかりに、一生本懐は果たせなくなったんだからな。悪運を呪うがいいさ」


 これはこの部屋に入ってから何度も考えたことだ。あまりにも対象を間違いすぎている。


 冬雪は腕を組んで枕にしながら、そんなことを言った。話題を逸らす意図があっての事だが、残念ながら零火は、その手には乗ってくれないらしい。寝物語にはやや不似合いな質問攻めが続く。


「私が歳下だから?」


「そういうわけではない」


「避妊のこととか気にしてるんですか?」


「……避妊具も避妊薬も見当たらないが、投げ込んだ女が懐妊していたら、どうする気だったんだろうな」


「じゃあなんで! これだけ整えられた状況で二人きりなのに、その全部を無駄にするようなこと!」


「よし、今の発言を覚えていろ。明日の朝まで」


 やはり態度を明確にしておかねばならないようだ。


「真面目な話をするが」


 などと、柄にない前置きをして冬雪は話す。


「まず一つとして、今の君に対して言いたいところはある。状況に流されるな、とは思っているよ。こんないつでも出られる休暇部屋でなくとも、邪魔の入らん密室などいくらでもあるし作れる。こんな場所に拘る必要はない」


「……」


「それとは別に、ボクが火遊びを行えない理由もちゃんと存在する。まだ盗聴器の残っている可能性のあるこの部屋では、あまり話したいことではないけどね。一つだけ言っておくならば、ボク個人の体調や意思などとは無関係だということかな」


 一緒に風呂に入ったときに何も気付かなかったか、とも訊こうとしたが、これは寸前で思いとどまった。せっかく零火の体温が戻ったところなのだ、わざわざ思い出させて状態を逆戻りさせるようなことでもない。


「まあ、それについてはこの部屋を出てからだな。盗聴さえなければ、後でいくらでも話してやるさ。ボクたち(・・)に課せられた、どうしようもない欠陥について」


 欠陥というより代償だな、と冬雪は考えた。完璧な生命体というものは、どうやら存在しないらしい。


 零火が、冬雪のバスローブの袖を引いた。


「先輩」


「なんだ」


「どうしてもできないんですか?」


「そうだな」


「なら代わりに、眠れるまで抱き締めて、撫でていてほしいです」


「それでいいなら、そうしよう」


 いつになく素直に甘えてくる零火を、冬雪はしっかりと抱き寄せ、撫で続けた。冷気の止まった布団の中で、やがて小さく寝息だけが聞こえてくるようになると、冬雪は誰に聞かせるでもなく独りごちた。


「この部屋を出ようとボクが言い出すときは惰眠に飽きたときだが……さて、それはいつになるかな」


 翌朝、零火は眠る前の会話を思い出し、忘れてくれと冬雪に懇願した。ひどい羞恥心に襲われたのだ。冬雪としては、あれを忘れるなどとんでもない、などと思っているのだが。

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