【if】冬雪夏生と平井零火をあの部屋に閉じ込めてみた。-7
「ねえ、先輩」
鼻歌とともにシャワーが止まった。
「なんだ」
「身体を洗うのを手伝ってほしいって言ったら、どうしますか?」
「何者かの巧妙な変装を疑う」
「……ちょっとは動揺するところじゃありません?」
「冗談だ。もし君が偽物だったとしたら、最初に目を覚ました時点で気付いて拷問にかけている」
「私が本当に誰かの変装だったらこの事件、先輩が目を覚ました瞬間に片付いてたんだろうな……」
おおよそ男女が入浴しているとは思えない会話だが、二人にとっては平常運転そのものだ。いっそ懐かしいほどである。それは冬雪だけでなく零火も同じだったようで、
「一年半くらい前の、あのときを思い出しますね」
と言って笑った。
「当時は私も弱くて、先輩はもっと私の扱いが雑で、でも優しかったのは変わってなくて……」
「記憶が混濁していないか? この部屋に連れて来られた時に頭でも打ったか? 君は強かったし、ボクが優しかった時期なんか一〇年も前に終わっているぞ」
「それなら、どうして私はそんな人を好きになっちゃったんでしょうね?」
そう言われてしまえば、冬雪は反論はできないのだ。なぜかといえば、未だに自分が零火に好かれている理由を、未だによく知らないためである。今できることはといえば、
「まったくだ」
と疑問に同調することくらいだ。
再度シャワーが流れ始める。今度は鼻歌はないようだ。
「これは後でベッドで訊いても良いんですけど」
シャンプーを洗い流した零火が問う。
「正直なところ、先輩は私のこと、どんな風に思ってるんですか?」
「今更なことを訊くんだな」
「それは本当にそうなんですけど……あまりこうやって、二人きりが確約された場って今までなかったじゃないですか。今なら答えてくれるかなって」
「ボクが君をどう思っているか……なるほど、言われてみれば、あまり深く考えたことはなかったな」
「偏食家として答えないでくださいね?」
零火が念を押したのは、そうしなければ何かずれた答えが返ってくる可能性を危惧したためだ。彼女は冬雪に対し、肝心な部分で鈍感な男、という評価をしているのである。困ったことに、その評価は概ね間違っていないのだ。
「偏食家としての視点を抜いて、一人の男として答えろ、か。そうだな、その視点で言うのであれば、ボクは君のことを、非常に好ましい女性だと思っているのだろうな」
シャワーヘッドがやかましく床と衝突した。
「怪我はないか?」
「はい、いえ、その、そんなに直球で来るとは思わなかったので驚いたというか」
慌てて拾い上げようとしたため、零火はシャワーヘッドをもう一度取り落とし、掴んだかと思えば出続ける湯が湯船の冬雪にかかってしまった。
「す、すみません!」
「入浴中なんだ、こんなことで怒りはしないよ」
彼女が驚くのも無理はないのだ。零火は一年前に、自身の想いの丈は冬雪にぶつけている。これを受け冬雪は零火に対し、その想いには応えられないと回答している。
これは冬雪が他者に向け、恋情を持つことができないという問題があるためだ。零火自身の女性としての魅力には無関係な理由である、という点も、冬雪は伝えていた。零火としては、一年間ずっとそのつもりでいたのだ。
まさか一年で心変わりがあり、冬雪が人間としての恋情を取り戻したのか──零火としては残念ながら、そういう話ではなかった。
「誤解のないよう付け加えておくが、これは恋愛感情とは違う話だ。より言葉に正確さを求めるのであれば、女性としてというより人間として、君がボクの好みに合致していると言うべきかもしれない」
「なんだ、そっか」
やや残念そうにしながら零火は身体を洗い、石鹸を流していく。それが済むと彼女も湯船に入り、冬雪に身体を預けるような姿勢で湯に沈んだ。
「二人で入るには狭いな」
「ちょっと熱いですね」
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