【if】冬雪夏生と平井零火をあの部屋に閉じ込めてみた。-6
長期保存と栄養バランスと省スペースでの備蓄が最優先にされた味気ない保存食を食べ終えると、冬雪は風呂に入りたくなった。寝室の天井に描いた魔法陣が大まかな時間を知らせてくれるが、日付が変わるまでそう長くないようだ。
「君はいつも、どのタイミングで風呂に入っている?」
「私の家は夕食後に入るのが習慣ですけど、先輩は?」
「日本を離れてからだと、ボクも夕食後になることが多いな。店の仕事も任務も料理あると、食前に入る時間はないよ。ボクはこれから行くつもりだが、君も一緒に来るか?」
無論、冬雪は冗句のつもりである。
「そうしましょうか、こんな部屋ですから」
無論、冬雪は冗句として受け取った。
洗濯する服を洗濯ネットに入れ、乾燥機付き洗濯機に放り込むと、冬雪はバスローブを脱衣所に用意して浴室に入った。
至れり尽くせりなこの部屋だが、寝間着は用意されていないようだ。入浴後、洗濯が終わるまでは、バスローブのまま過ごすことになるだろう。あるいは寝心地や身体への負担などを考慮すると、バスローブでそのまま寝てしまった方が良いかもしれない。
今日の零火は比較的ゆったりとした服装なのでともかく、冬雪の普段着はかなりフォーマル寄りで、本来とても睡眠には向かないのだ。先刻は昼寝をしたが。
寝間着が用意されていないのは、ここが何のための部屋かを考えると、そもそも必要ないと思われたのだろう。
(まあ、無理もないか。まさか先方も、この部屋に投げ込んだ男の方がこんな身体だとは思わんだろうしな)
いっそ同情すら覚える。この部屋に自分を入れてしまった以上、いかなる手段を講じようとも、首謀者の本懐は果たされることはないのだ。前提からして破綻していた。ここまでひどい人選ミスは、冬雪の過去一八年でもこれが二度目である。
(愚かな神々よ、ってところだな)
身体を洗い終えると、今は封印したかつての口癖を思い出しながら、冬雪は湯船の中で欠伸をした。浴室のドアが開いたのは、そんなタイミングだ。
「さっきまであれだけ寝ていたのに、まだ眠いんですか、先輩?」
タオルを掴んで、零火が入ってきたのだ。無論、一糸纏わぬ姿で。本当に入ってきちゃったよ、と呟き、冬雪はそれとなく視線を逸らした。これで一応、配慮のつもりである。
「一緒に入るかって先に訊いてきたの、先輩ですよ?」
「冗句のつもりだったし、冗句のつもりだと思ったんだよ」
「……よくそれで今の仕事できてますね」
「心理戦は専門外だ」
同胞には心理戦を主な仕事とする者もいるが、冬雪はそうではない。元々苦手な分野でもあり、上司には端から期待などされていないのだ。場合によっては使わないこともないが、下手な鉄砲は撃たないに越したことはない。
零火は身体の前面を隠すように持っていたタオルを手すりに掛け、シャワーで身体を流し始めた。鼻歌を歌うほどの上機嫌ぶりである。冬雪はもう再度、「君はときどき、羞恥心の基準がどこにあるのか分からなくなるな」と呟いた。
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