【if】冬雪夏生と平井零火をあの部屋に閉じ込めてみた。-1
ダブルベッドの上で先に目を覚ましたのは、平井零火の方だった。
僅かに痛む頭を抑え、やたら寝心地のいいベッドの感触を確かめる。なぜ自分がこんな場所で眠っていたのかを思い出せないが、動いていいものだろうか。頭全体が煤煙に覆われたかのように、思考が働かない。
丸まって寝ていた身体を解すように、軽く身動ぎしてみる。すると、背中に何か固いものが触れる感触があった。自分以外の寝息も聞こえる。誰かの身体にぶつかったらしい。
振り返ってみて、元々上手く働いていなかった思考が停止した。そこに寝ていたのは冬雪夏生──零火が想いを寄せる青年である。
実はこれまで、零火は冬雪の眠る姿を──彼が古い名だった頃から含めて──見たことがない。零火が寝顔を見られたことはあるが、冬雪は眠そうにしていても、少なくとも零火には眠る姿を見せたことはない。
それが今、無防備にも寝姿を晒している。驚くな、という方が無理だった。
寝姿を初めて見たことについてもだが、彼が零火を連れてきて寝たにしろ何者かに連れ去られてきたにしろ、その実力を知っていれば、いずれにせよ驚くことになるのは決まりきっている。
とにかく冬雪を起こさなくては、と思い立ち、零火は身体をようやく起こすと、冬雪の肩を揺すり声をかけ始めた。
「先輩、先輩! 起きてください、先輩!」
起こしながら、ふと気付いた。自分は今、どこに寝ていたのか。そう、冬雪の隣なのだ。背を向けた状態だったとはいえ、好きな男の横で寝ていた、という事実に思い至り、零火は一人、赤面した。
そんなことを考えている場合ではない、と分かってはいるのだが、一度気付いてしまうと脳裏から追い払うのは容易ではない。それでもどうにか抑え込み、呑気に眠ったままの冬雪を強く揺さぶる。
「先輩!」
語気は強いが、一応声量は抑えている。自分たちをここへ連れ込んだ何者かがいるのであれば、目を覚ましたことに気付かれない方が良いのではないか、と考えてのことだ。
三分ほど必死で起こしてようやく、冬雪が目を開けた。その視界に映った顔を認識すると、ぼやぼやとした声を発する。恐らく、この声で話されて内容を理解できる者は、零火を含め五名もいないだろう。
「零火か……そろそろ交代の時間か?」
「どんな夢見てたんですか……おはようございます、先輩」
冬雪は、首だけを動かして周囲を見た。
「見覚えのない部屋だ、これは一体どういうことだ?」
「私が知りたいですよ。一応聞きますけど、先輩が私を連れ込んだ、っていうことではないんですね?」
「するわけがないだろう。こう見えても、最低限の倫理観は身につけているつもりだ」
「そうは思えない職業ですけど……まあ、それは協力者も同じことか」
どうやら妙な事態になっていると理解したらしい冬雪は、その場で身体を起こし、
「盗聴されているな、これは。そしてここは共和国ではなく日本か」
「盗聴!? なんでそんなことが分かるんです?」
「ただの勘だが……いや、違和感の正体はあれだな」
冬雪が指さす方向には、壁のコンセントに挿された電源タップがあった。他にも空いているのに、わざわざコンセントが増やされている。
「あからさますぎて逆に怪しいが、よくある盗聴器の一つだろう」
「そういえば、電源タップに偽装した盗聴器はよくあるって言いますね」
ストーカーなどの報道で、時折紹介される盗聴器に多いものだ。現物を見るのは、冬雪も零火も初めてだ。
「まあ、どうやらボクたち以外の人間は近くにいないようだし、室内を調べてみることにしよう」
冬雪は、億劫そうにベッドから降りて立ち上がった。
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