第八話-7
合図を出した五分後、防音幕を展開して倉庫の屋根に座っていた冬雪に、人払いが完了した旨の通信が入った。
「『白兎』より『呪風』、東部の人払い完了」
「『冷鳴』より『呪風』、西部にて同件」
「『呪風』了解、これより五分間、現状を維持してください」
それ以内に片を付けるつもりなのだ。冬雪は銀魔力で右手に武器を握り、通信を残して倉庫の屋根から飛び出した。
「『呪風』より『幻想郷』、これより『能面』構成員の制圧を行います」
恵比寿の能面を被った男に、冬雪は容赦なく、自分の身長を越える大きさの斧を振り下ろした。能面の男は直前で気付いたらしく、横に跳んで直撃を回避する。冬雪は即座に武器を変形し、細剣を形成して一閃、男は地面に身を投げ出して再度回避──無論、それを見逃す冬雪ではない。
銀魔力が触手のように伸び、男の肩を打ち抜く。しかしそのままワイヤーに縛られることはなく、咄嗟に取り出したナイフがワイヤーを切断。硬度をそこそこにしていたとはいえ、あまり切られることのない銀魔力のワイヤーが切られ、冬雪もナイフを形成、再度接近戦に持ち込む。
銀魔力で身体能力を強化した冬雪の猛攻を、男はすれすれで受け流し、距離を取った。逃走ではない。冬雪の横をすり抜け、自分の荷物に飛びついたのだ。冬雪は予め懐に移しておいたマナ・リボルバーを素早く抜くと、光線を一射、男の荷物を貫く。
しかし、それは悪手だった。破壊された荷物から零れ落ちたのは黒色の拳銃だ。普及しているモデルではないが、俗に変態銃と呼ばれる物──拳銃でありながら弾倉には三〇発の弾薬を持ち、制限点射機構を備えた製品、ラプティック30。それの意味するところは明快だ。
(手加減するのも楽じゃないな)
軽快な発砲音と共に三発ずつ放たれる銃弾を回避し、冬雪は一度、倉庫の屋根に隠れた。攻撃対象を誤った点は否めない。そして拳銃を使ったからには、敵はすぐにでも逃走を図るだろう。免許さえあれば共和国での拳銃所持は適法だが、射撃には相応の正当性が求められる。
(逃がすつもりはない)
冬雪の思った通り、彼の攻撃の止んだ数秒の隙に、男は荷物を抱え、その場を離れようとしている。男が背を向けた瞬間を、冬雪は見逃さない。マナ・リボルバーから無音で光線が放たれ、男の右足を撃ち抜く。さらに三連射。左足、左腕、右腕を撃ち抜き、倉庫街の地面を緋色に染め上げた。
「『呪風』より水晶港倉庫街の各員。現時刻をもって戦闘を終了、速やかに撤収してください」
通信で四名の工作員に呼びかけたのち、冬雪は手早く『能面』構成員を収容した。死ねば組織の情報が引き出せなくなるので、もとより殺すつもりはないが、あまり丁重に扱ってやる義理もない。血が零れないよう銀魔力で雑に包み、荷物には指紋を残さないよう、銀魔力の手袋を着けて持ち運ぶ。完全に固めてしまえば、港湾労働者の運ぶ荷物と区別はつかない。
銀魔力で完全に包まれる直前、冬雪は彼の名前だけ訊き出した。
「馬鹿が、名乗るわけがないだろう」
「どうせ取り調べで吐かされるだろうがな」
「そのときはそのときだ、お前に教える気はねえ」
「コードネームくらいあるんじゃないか、『能面』ほどの組織ならば」
「教える気はねえつってんだろうが。つうかおれが『能面』だって知ってんのかよ。なら教えてやるまでもねえだろ、おれたちのコードネームは、この仮面と同じ名前だ」
「なら貴様は『恵比寿』か。……気に食わんな」
『恵比寿』は、戦闘が終わると饒舌になったらしい。銀魔力に包まれながら、冬雪に向かってこう言った。
「真面目に戦ったのが馬鹿みてえだ。なんて化け物だよお前」
「己の悪運を呪うといい。『能面』だろうとなんだろうと、命令を受ければ処分する。敗れはしない。覚えておけ」
銀魔力で包みながら、冬雪の左右色違いの瞳が『恵比寿』を見据えた。
「共和国には、『呪風』がいる」
第一章はここまでとなります。明日のおまけで毎日投稿は一度終了し、第二章開始まで少しお時間いただきます(プロットが組み直しになったため)。その前に外伝を入れるかも……
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