第八話-6
『幻想郷』での情報交換ののち、再度捜索に出た岩倉とアーニャから敵を発見したという連絡が入ったのは、二日後の夜だった。
「一週間くらい雲隠れされる可能性も視野に入れてたのに、よく見つかりましたね」
トパロウルの執務室で、冬雪は素直に感心して見せた。彼の使う呪容体もなく、発見されるのはかなり早い方だっただろう。
「敵は今、どこにいる?」
「ギルキリア市港東区、水晶港の倉庫街です」
「倉庫街好きですねえ、『能面』」
『能面』の暗殺が最初に起きたとされるのも、連邦の倉庫街である。
「敵、今も能面被ってます?」
「被っているよ。おかげですぐ見つかった」
「一応訊きますが、同じ能面を被っただけの他人、というわけではありませんよね?」
「背格好、歩容、いずれもワタシが撤退時に見た『能面』構成員と同じね」
「決まりだな」
トパロウルが、正面に立つ冬雪を見据えた。
「『呪風』、暗殺者組織『能面』構成員と思われる敵を暗殺、あるいは拘禁しろ。現場での動きは、お前さんに一任する」
「一任されましょう」
冬雪は『幻想郷』を飛び出し、車を走らせて水晶港に向かった。
水晶港は、ギルキリア市で最大の港であり、共和国の海の玄関口と呼ばれている。大型の旅客船が停泊するほか、毎日大量の貨物を積載する貨物船も出入りし、物流にも大きな影響力を持つ港だ。同時に、他国から来るスパイをはじめとする密航者も、多く訪れる施設である。
そんな水晶港の貨物が保管される倉庫街の一角に、岩倉とアーニャがいた。
「ここは他の国の人間も多く来る場所だ、服装も様々で、軽く見ただけでは誰が部外者かなんて分かりはしないよ」
「今はそんなに多く人はいませんけどね」
水晶港の駐車場に車を停めて現れた冬雪に、岩倉が話す。
「恐らく、あの男に私たちの存在はまだ気付かれていない。七の一四倉庫の傍だ、見えるかい?」
「あれですか」
闇に浮かぶ白面が妙に不気味だが、右目の中で遠見の魔術を使う冬雪にも、その姿は確認できた。正確には遠見ではなく光を屈折させる魔法陣で、この陣の中央にある円環を通過する光は、決められた角度だけ屈折するようになっているのだ。これを二枚重ねることで、遠見が可能になる。
「……あいつ、やけに大荷物ですね」
「ワタシが廃屋で見たときも、大きな荷物は持っていたね。あの時は詳しく見えなかったけれど、個人で持ち歩く大きさの荷物には見えないね」
「何が入ってんだあれ?」
今すぐ確かめに行きたい好奇心はあるが、ここで冬雪が好奇心に負けては今度こそ『能面』の逃亡を許すことになってしまう。それは避けなければ、と思い直し、彼は通信魔法陣を起動した。ヴェルナーが通信可能範囲内に入ったのだ。
「『呪風』より『冷鳴』。敵現在地は水晶港倉庫街七の一四付近。『冷鳴』及び『七星』両名は倉庫街西部、『白兎』及び『烈苛』両名は倉庫街東部へ移動し、『呪風』の合図で一般港湾労働者の人払いを頼みます。以上」
伝達が済むと、岩倉とアーニャは倉庫街の東部へ移動し、冬雪は手近な倉庫の屋根に飛び乗った。ここからであれば、倉庫街や港の様子がよく見える。やがて全員が指定の場所に到着したと通信が入ると、冬雪は合図を出し、人払いを開始した。
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