第八話-5
冬雪が『幻想郷』に戻ると、岩倉とアーニャも帰還しており、現在は『能面』構成員に無力化された際の詳しい状況を共有しているところだった。
「拳銃を使う暇もなく、意識を刈り取られました。相手がその気になれば、我々は殺されていたはずです」
ぼろぼろになった自分の服を見下ろしながら、岩倉が話す。協力者時代や『幻影』加入後に岩倉の戦闘を見る機会は何度かあったが、彼女は武器の選択判断が早い。魔法の適正はないらしく代わりに超人的な身体能力と思考速度を備えている彼女が、武器を取り出すより早く制圧されるなど、冬雪には信じがたかった。
「廃屋の中は薄暗く、砂埃が舞っていました。そのせいで見通しが悪く、敵の正確な位置を把握するのが難しく……」
アーニャが続ける。彼女は焼け焦げたスカーフで腕を縛っており、あまり清潔とは言えない血の滲んだスカーフを、ヴェルナーが包帯に交換しているところだった。
「先ほどギルキリア市警察局から、南ギルキリア工業地域にて爆発があったという情報が提供された。何か関係があるのか?」
「はい、恐らくワタシたちが取り逃がした『能面』構成員の起こした爆発だと思います」
「その根拠は」
「ワタシがこの目で見たことです。廃屋で発見した敵は、ワタシたちが踏み入ると同時に、何らかの方法で高速の飛翔体を放ってきました。音もなかったのでそれが何だったのかは分かりませんが、一射で岩倉が気絶させられ、即座に撤退を始めたワタシに敵が背を向けた瞬間、廃屋が爆発したのです」
(それくらいなら、連邦の純粋な科学力で説明が付くか。音のない高速の飛翔体はコイルガン、屋内にもかかわらず舞う視界を覆うほどの砂埃と爆発は粉塵爆発、不明瞭な視界の中で正確に二人の位置を把握できたのは熱源探知……ありえない話ではないな)
冬雪はそう考察したが、同時に余計なことを考えるのも、彼の癖である。
(……ボクなら全部魔法で再現できるな)
実際に再現できるかどうかを今考える必要はないので、彼は先に、今考えなければならないことを考えることにした。
「岩倉さん、敵が被っていた能面ですが、どれだったか分かります?」
「敵の能面? 私はあまり能に詳しくないから、名前までは分からないけど」
「じゃあ特徴は? 能面だと判断できるくらいにははっきりと見たんですよね?」
「見たけどねーぇ、どうもつかみどころがないというか、白っぽくて口は空いていたと思うけど」
該当する能面の種類は多い。要領を得ない答えに、冬雪はやや苛立ちを覚えた。一つには、一連の任務が始まって以降、あまり家族と話せていない、という理由もある。さっさと任務を片付けて、家族と研究の待つ家に帰りたいのだ。
「……もういっそ一回寝てくれません? そうすればあなたの記憶、こっちで漁れるんで」
二本立てた右手の指の間で、苛立ちの籠った電流が音を立てて踊っている。
「心配しなくてもいいですよ、ボク、人を寝かしつけるのには少々自信がありますので」
「意識を刈り取る、の間違いじゃなくて?」
「……? その二つって何か違いあります?」
大違いだ、と言いたげな『七星』が冬雪を見ているが、彼はそれを自然に無視すると、岩倉に二つ質問を投げかけた。
「その能面、女系と男系で言えばどっちでした?」
「あれは男じゃないかな?」
「笑ってました?」
「笑ってるように見えたねーぇ」
「じゃあ恵比寿か。……死ねばいいのに」
舌打ちと共にシンプルな罵倒が冬雪から飛び出し、今度はウェンディとルイがぎょっとした顔で彼を見つめる。神の類はほとんど信じない冬雪だが、恵比寿天は珍しく、彼が嫌わない神なのだ。その恵比寿の面を被って殺しを受けているのが、彼には腹立たしいのである。
そしてその小さな一言を、トパロウルも聞き逃さなかった。彼はこう言ったのだ。
「喜べ、今回『能面』の人間を発見したら、対処は暗殺で構わんというのが上からの指示だ」
ところが冬雪はそれに反対した。
「もったいないことを言いますね、殺したら得られるはずの情報が得られなくなるでしょうに。『能面』はまだ誰も捕まってないんでしょう? 殺したいところだけど、今回はできるだけ殺さないように仕留めて見せますよ」
冬雪以外の者が言えば、傲慢と受け取られかねない物言いだ。しかし彼は堂々と嘯き、そしてこの場にいる誰もがそれに反論できずにいる。
これまで冬雪は、他の工作員なら取り逃がすような敵を何度も生け捕りにしてきた実績がある。特に河童の事件では、彼が取り逃がした犯人を翌日に拘禁することに成功している。
──この男なら、やるだろう。
『幻影』の他のメンバーたちがそう思うだけの実績を、冬雪は既に積み上げているのだ。
盛大に遅刻しておいて厚かましいですが、よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。