第七話-7
無論トパロウルとて、意味もなく最大の戦力を前線から外したわけではない。むしろチームの最大戦力だからこそ、前線を駆け回らせず後方で待つよう命じたのだ。
「そもそもお前さんは、一度も会ったことのない人間を探し出すのは苦手だろう。一度接触した敵すら探し出すのに一晩かけたのだからな」
なんの話か分からない冬雪ではない。
「だったらむやみに捜索に参加させず、敵の居場所を掴んでから投入した方が確実だ。お前さんの探しに行く先に敵が隠れているとは限らんのだからな」
「それはその通りですが……ボクはそもそも、理屈で魔法を操っているわけではありません。いえ、当然魔法を操る上で理屈は重要ですが、理解の仕方が感覚的過ぎて教師には向きませんよ」
「知らん。『幻影』で魔法を最も扱えるのはお前さんだろう。少なくとも俺が指導するよりは効率的なはずだ」
「そんな無茶苦茶な……」
願わくはルイやウェンディの感覚が冬雪と近ければ楽なのだが、そういうわけにもいかないだろう。
「分かりましたよ、やればいいんでしょう、やれば」
などと言って投げやりな気分で教師役を引き受けたが、代わりにクリスにその役目を押し付けられないだろうか、としばらくは半ば真剣に考える彼だった。
ルイは、なにも応接室で、ただぼんやりと待っていたわけではない。彼は彼で、特別情報庁に登録するためにコードネームを考えておけ、と言われて考えていたのだ。
『幻影』は、情報革命以降、初代のボス以外は全員がいわゆる『ひろいもの』だけで構成されている。そのため特別意識するような事柄もなく、わざわざ他のメンバーに合わせてコードネームを揃え、チームの一体感を出す、などという慣習もない。
ルイは何度か姿勢を変え、唸った。自由なのはいいことだが、放任されても、それはそれで困るのである。あまりにも取っ掛りがない、と思い、『幻想郷』に向かう車の中、冬雪と話したことを、ルイは思い出していた。
彼曰く、コードネームは仲間内で分かりさえすれば、割となんでもいいのだという。あとは特別情報庁に登録する際、他の工作員と被らなければいいわけだ。
「『幻影』で一番わかりやすいコードネーム持ってるのは『烈苛』──アイスナー夫人だな。あの人の場合、性格がそのままコードネームに現れてる。旦那の方は、どちらかというと夫人に合わせて釣り合い取らせた結果なんじゃないか? 『烈苛』と『冷鳴』、足して二で割ったらちょうどいいだろう。ボスの『断挟』はまあいいとして……一番関係ないのが岩倉さんの『白兎』か。あの人は本当に謎だ。出身国からして白人でもないし、着ている服なんていつも黒だからな、白い要素がない。兎……やっぱり謎だな」
冬雪はそう言って仲間のコードネームを考察する。『白兎』という人物にルイはまだ会っていない訳だが、そういえば、冬雪の場合はどうなのだろう。自身を棚上げしておいて、彼のコードネーム『呪風』も全くもって因果がない、というおちはないのだろうか。
「いや、それはないよ」
しかし、ルイの疑問を冬雪は笑って否定した。
冬雪は、ルイの加入後は訓練も兼ねて彼に魔術を教えてくれると約束した。要は師匠である。新しい師匠を想起するうち、ルイのコードネームは自ずと定まった。
「コードネーム『銀風』? 君はボクの協力者ではないが、それでいいのか?」
割と晴れ晴れとした気分でルイは冬雪にコードネームを申告したのだが、一人ティーカップを傾ける彼から返ってきたのは怪訝な声だった。『能面』構成員の捜索のため、『幻影』の他のメンバーは既に出払っている。トパロウルも特別情報庁の本部に報告に向かったため、冬雪が留守番をしているのだ。
コードネームから一文字借りているので仕方のないことだとは思うが、自分のコードネームになるわけだし、ルイは至って真剣に考えたつもりだった。よもや、同じコードネームを持つ協力者が、既にいるのではないだろうか。
「いや、『銀風』はまだいないが……風を含めるのは、些か気が早いと思うのだけど」
「やっぱり、考え直した方が良いでしょうか……」
そこまで弟子という形にはまりすぎる必要もない、などと冬雪は思うのだが、ルイにはルイで、それなりのこだわりがあったのだ。まあいいか、と呟いて、冬雪はルイに、後でボスにも申告するよう言った。
同じ頃、ルイと同じく特別情報庁の新規加入者としてコードネームを考えていたウェンディも、一つの結論を出していた。
「コードネーム『銀華』……やはりルイ、君も一旦待て。君らのコードネームに同じ文字を含めたのはどういう理由だ?」
髪色、と二人が異口同音に答えたので、考え直せ、と冬雪は突き返した。
図らずも、これが彼による最初の指導になった。
よろしければ、作品のブックマークやいいね・レビューなど頂けますと幸いです。